万葉集 巻第十二 2869〜2872番
今は吾は 死なむよ吾妹
今はもう私は死んでしまうよ吾妹、逢えずに思い続けているので安らかでない。背子が来ると言った夜は過ぎた、ええ、今さら決して来はしまい。人の告げ口を聞いて道でも逢うまいと言った吾妹。逢えないのもつらいと思うのに、ますます人の噂がうるさく聞こえてくる。正述心緒の歌四首。
場面イラスト(準備中)
題詞(正に心緒を述ぶ)
- 1今今いまははは吾吾あははは今者吾者2869
- 2死死しなななむむんよよよ吾吾わぎ妹妹も將死與吾妹
- 3逢逢あははわずずずしししててて不相而
- 4念念おもひひいわたれわたれわたればばば念渡者
- 5安安やすけくけくけくもももなしなしなし安毛無
- 6我我わが背背せ子子こががが我背子之2870
- 7來來こむむむととと語語かたりりりししし將來跡語之
- 8夜夜よははは過過すぎぎぎぬぬぬ夜者過去
- 9しゑやしゑやしえやさらさらさらさらさらさら思咲八更更
- 10しこりしこりしこり來來こめめめやややももも思許理來目八面
- 11人人ひと言言ごとののの人言之2871
- 12讒讒よこすすすををを聞聞ききききててて讒乎聞而
- 13玉玉たま桙桙ほこののの玉桙之
- 14道道みちにににももも逢逢あははわじじじととと道毛不相常
- 15云云いへへえりりりししし吾吾わぎ妹妹も云吾妹
- 16逢逢あははわなくなくなくももも不相毛2872
- 17憂憂うしししととと念念おもへへえばばば懈常念者
- 18いやいやいや益益ましししににに彌益二
- 19人人ひと言言ごと繁繁しげくくく人言繁
- 20聞聞きこえええ來來くるるるかもかもかも所聞來可聞
現代語訳
〔2869〕今はもう、私は死んでしまうよ、いとしい人よ。逢わないままで思い続けているので、心安らかなこともない。
〔2870〕あの人が来ると言った夜は過ぎてしまった。ええ、もう今さら、決して来ることはあるまい。
〔2871〕人の告げ口を聞いて、(玉桙の)道ででも逢うまいと言った、いとしい人よ。
〔2872〕逢えないのもつらいと思っているのに、いよいよますます、人の噂がうるさく聞こえてくることだ。
意訳
正述心緒の歌の続きである。逢えずに思い続けて死にそうだと訴える歌、来ると約束した夜が過ぎ、もう来はしまいと諦める女の歌、人の告げ口を真に受けて道でも逢うまいと言った恋人を恨む歌、逢えないつらさに加えて噂がますますうるさくなる嘆きが並ぶ。
語釈・文法注
文法・本文
- 死なむよ
- 死んでしまうよ。
- しゑや
- ええままよ。
- さらさら
- 今さら、決して。
- しこり來めやも
- 「しこり」は語義未詳。来ることがあろうか。
- 讒す
- 「よこす」。告げ口をする、中傷する。
和歌
- 作者
- 作者未詳
- 出典
- 『万葉集』巻第十二・相聞・2869〜2872番
- 歌体
- 短歌(五七五七七)
- 時期
- 作者未詳(時代を問わない)
- 状況
- 正述心緒。作者未詳。
修辞
- 枕詞
- 2871番の「玉桙の」が「道」にかかる。
解説
2871番は、人の中傷を信じて冷たくなった恋人への恨みを、相手の言葉をそのまま引いて詠んでいる。
関連
出典
- 底本
- 佐佐木信綱編『新訓万葉集』下巻 岩波文庫、昭和2年(1927)、465頁(コマ25)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 原文
- 佐佐木信綱編『白文万葉集』下巻 岩波書店、昭和5年(1930)、538頁(コマ33)。万葉仮名の原文。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日