万葉集 巻第十二 2864〜2868番
吾背子を 今か今かと
背子を今か今かと待っているうちに夜が更けたので嘆いた。共寝する妹がいればこそ夜の長いのもうれしいはず。人妻に言い寄るのは誰か、衣の紐を解けと言うのは誰か。これほど恋しくなると知っていたら、あの夜はゆっくりしていたのに。恋い続けても後に逢おうと思うからこそ、命を長くと願う。作者未詳の正述心緒の歌五首。
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題詞正に心緒を述ぶ
- 1吾吾わが背背せ子子こををを吾背子乎2864
- 2今今いまかかか今今いまかかかととと且今且今跡
- 3待待まちちち居居おるるるににに待居爾
- 4夜夜よのののふけふけふけぬれぬれぬればばば夜更深去者
- 5嘆嘆なげきききつるつるつるかもかもかも嘆鶴鴨
- 6玉玉たまくしろくしろくしろ玉釼2865
- 7纏纏まききき宿宿ぬるるる妹妹いもももも卷宿妹母
- 8あらあらあらばばばこそこそこそ有者許增
- 9夜夜よるののの長長ながきききももも夜之長毛
- 10歡歡うれしかるしかるしかるべきべきべき歡有倍吉
- 11人人ひと妻妻づまににに人妻爾2866
- 12言言いふふうははは誰誰たががが言言こと言者誰事
- 13さささ衣衣ごろもののの酢衣乃
- 14こここののの紐紐ひも解解とけけけととと此紐解跡
- 15言言いふふうははは誰誰たががが言言こと言者孰言
- 16斯斯かくくくばかりばかりばかり如是許2867
- 17戀戀こひひいむむんものものものぞぞぞととと將戀物其跡
- 18知知しらららままませせせばばば知者
- 19そそそののの夜夜よははは寛寛ゆたににに其夜者由多爾
- 20あらあらあらましましましものものものををを有益物乎
- 21戀戀こひひいつつつつつつももも戀乍毛2868
- 22後後のちににに逢逢あははわむむんととと後將相跡
- 23思思おもへへえこそこそこそ思許增
- 24己己おのががが命命いのちををを己命乎
- 25長長ながくくく欲欲ほりりりすれすれすれ長欲爲禮
現代語訳
〔2864〕あの人を今か今かと待っているうちに、夜が更けてしまったので、嘆いたことだ。
〔2865〕(玉くしろ)共寝するいとしい人がいるのならこそ、夜の長いのもうれしいはずなのに。
〔2866〕人妻に言い寄るのは誰の言葉か。(さ衣の)この紐を解けと言うのは誰の言葉か。
〔2867〕これほど恋しく思うものだと知っていたなら、あの夜はゆっくりと過ごしていたのに。
〔2868〕恋い続けていても、後には逢おうと思うからこそ、自分の命を長くあれと願うのだ。
意訳
作者未詳の正述心緒の歌の始まりである。恋人を待つうちに夜が更けた嘆き、共寝する人がいれば長い夜もうれしいのにという独り寝の歌、人妻に言い寄る男をはねつける女の歌、こんなに恋しくなると知っていたらあの夜はもっとゆっくりしたのにという後悔、後に逢うために命を長く願う歌が並ぶ。
語釈・文法注
文法・本文
- 今か今かと
- 今来るか今来るかと。
- 玉くしろ
- 「纏く」にかかる枕詞。
- 誰が言
- 「たがこと」。誰の言葉か。
- 寛に
- 「ゆたに」。ゆったりと。
- 欲りすれ
- 願う。
和歌
- 作者
- 作者未詳
- 出典
- 『万葉集』巻第十二・相聞・2864〜2868番
- 歌体
- 短歌(五七五七七)
- 時期
- 作者未詳(時代を問わない)
- 状況
- 正述心緒。作者未詳。
修辞
- 反復
- 2866番は「言ふは誰が言」をくり返す。
- 枕詞
- 2865番の「玉くしろ」、2866番の「さ衣の」。
解説
2866番は、人妻に言い寄る男を、同じ句をくり返してはねつける、きっぱりとした女の歌である。
関連
出典
- 底本
- 佐佐木信綱編『新訓万葉集』下巻 岩波文庫、昭和2年(1927)、465頁(コマ25)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 原文
- 佐佐木信綱編『白文万葉集』下巻 岩波書店、昭和5年(1930)、537頁(コマ32)。万葉仮名の原文。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日