万葉集 巻第十二 2846〜2850番
夜も寢ず 安くもあらず
夜も眠れず安らかでもない、衣は脱ぐまい、じかに逢うまで。後で逢おう、恋しがるなと妹は言うが、恋ううちに年は過ぎていく。じかに逢えないのはもっともだが、夢にさえどうして人の噂がうるさいのか。夢にでも見え続けてほしい、袖の乾く日もなく恋しているのに。現実には逢えないので、せめて夢に逢うと見えてほしい。人麻呂歌集の正述心緒の歌五首。
場面イラスト(準備中)
題詞(正に心緒を述ぶ)
- 1夜夜よるももも寢寢ねずずず夜不寢2846
- 2安安やすくくくもももあらあらあらずずず安不有
- 3白白しろ細細たえ布布の白細布
- 4衣衣ころもははは脱脱ぬがががじじじ衣不脫
- 5直直ただににに逢逢あふふうまでまでまで及直相
- 6後後のちももも逢逢あははわむむん後相2847
- 7吾吾われにににななな戀戀こひひいととと吾莫戀
- 8妹妹いもははは言言いへへえどどど妹雖云
- 9戀戀こふるふるうる間間あいだににに戀間
- 10年年としははは經經へにににつつつつつつ年經乍
- 11直直ただににに逢逢あははわずずず直不相2848
- 12在在あるるるははは諾諾うべなりなりなり有諾
- 13夢夢いめにににだにだにだに夢谷
- 14何何なにしかしかしか人人ひとののの何人
- 15言言ことののの繁繁しげけけけむむん事繁
- 16ぬばたまぬばたまぬばたまののの烏玉2849
- 17そそそののの夢夢いめにににだにだにだに彼夢
- 18見見みえええ繼繼つげげげややや見繼哉
- 19袖袖そで乾乾ほすすす日日ひ無無なくくく袖乾日無
- 20吾吾われははは戀戀こふるふるうるををを吾戀矣
- 21現現うつつにににははは現2850
- 22直直ただににに逢逢あははわなくなくなく直不相
- 23夢夢いめにににだにだにだに夢谷
- 24逢逢あふふうととと見見みえええこそこそこそ相見與
- 25我我わががが戀戀こふふうらくらくらくににに我戀國
現代語訳
〔2846〕夜も眠らず、心安らかでもない。白妙の衣は脱ぐまい。じかに逢うまでは。
〔2847〕後で逢いましょう、私を恋しがらないでと、いとしい人は言うけれど、恋い慕っている間に、年は過ぎていくことだ。
〔2848〕じかに逢わずにいるのはもっともだ。けれど、夢の中でさえ、どうして人の噂がうるさいのだろう。
〔2849〕(ぬばたまの)その夢にだけでも、続けて見えてくれないか。袖の乾く日もなく、私は恋しく思っているのに。
〔2850〕現実にはじかに逢えない。せめて夢の中でだけでも、逢うと見えてほしい。私がこんなに恋しく思っているのだから。
意訳
人麻呂歌集の正述心緒の歌の続きである。逢うまでは衣を脱がずに待つという誓い、後で逢おうという言葉を信じて待つうちに年が過ぎる嘆き、夢の中でさえ人目をはばかって逢えない不思議、涙で袖の乾く日もなく夢での逢瀬を願う歌が並ぶ。
語釈・文法注
文法・本文
- 衣は脱がじ
- 共寝の時まで衣を脱ぐまい。
- な戀ひ
- 恋しがるな。
- 諾なり
- 「うべなり」。もっともである。
- 見え繼げや
- 続けて見えてくれないか。
和歌
- 作者
- 作者未詳
- 出典
- 『万葉集』巻第十二・相聞・2846〜2850番
- 歌体
- 短歌(五七五七七)
- 時期
- 第2期(672〜710年(壬申の乱〜平城京遷都))
- 状況
- 正述心緒。柿本人麻呂歌集の歌。
修辞
- 枕詞
- 2849番の「ぬばたまの」が「夢」にかかる。
- 対照
- 2850番は「現」と「夢」を対比する。
解説
夢で逢うことを願う歌が多いのは、相手が自分を思えば夢に現れるという当時の考え方による。
関連
出典
- 底本
- 佐佐木信綱編『新訓万葉集』下巻 岩波文庫、昭和2年(1927)、465頁(コマ25)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 原文
- 佐佐木信綱編『白文万葉集』下巻 岩波書店、昭和5年(1930)、535頁(コマ31)。万葉仮名の原文。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日