万葉集 巻第十二 2841〜2845番
我背子が 朝けの形
背子の明け方の姿をよく見ないで、今日一日恋い暮らす。心で望み思うので、新しい夜の一夜も欠かさず夢に見えてほしい。いとしい妹を人並みに見過ごせようか、手に抱かずに。この頃眠れないのは、手枕して寝たいからこそ。忘れようと物語して気を紛らしても、紛れずなお恋しい。人麻呂歌集の正述心緒の歌五首。
場面イラスト(準備中)
題詞正に心緒を述ぶ
- 1我我わが背背せ子子こががが我背子之2841
- 2朝朝あさけけけののの形形すがた朝明形
- 3能能よくくく見見みずずずててて吉不見
- 4今日今日きょうののの間間あいだををを今日間
- 5戀戀こひひい暮暮くらすらすらすかもかもかも戀暮鴨
- 6我我わががが心心こころととと我心等2842
- 7望望のぞみみみししし念念おもへへえばばば望使念
- 8新新あらた夜夜よののの新夜
- 9一一ひと夜夜よももも闕闕おちちちずずず一夜不落
- 10夢夢いめににに見見みえええこそこそこそ夢見與
- 11愛愛うつくしみしみしみ愛2843
- 12我我わががが念念もふふう妹妹いもををを我念妹
- 13人人ひとみなみなみなののの人皆
- 14行行ゆくくく如如ごと見見みめめめややや如去見耶
- 15手手てににに纏纏まかかかずずずしししててて手不纏爲
- 16此此こののの頃頃ごろののの比日2844
- 17寢寢いののの寢寢ねらえらえらえぬぬぬははは寢之不寢
- 18敷敷しき細細たえ布布の敷細布
- 19手手た枕枕まくらまきまきまきててて手枕纏
- 20寢寢ねまくまくまく欲欲ほれれれこそこそこそ寢欲
- 21忘忘わするるるやややととと忘哉2845
- 22物物もの語語がたりりりしししててて語
- 23意意こころ遣遣やりりり意遣
- 24過過すぐせぐせぐせどどど過過すぎぎぎずずず雖過不過
- 25猶猶なお戀戀こひひいにににけりけりけり猶戀
現代語訳
〔2841〕あの人の明け方の姿をよく見ないで、今日一日を恋しく思いながら暮らすことだ。
〔2842〕私の心のままに望み思っているので、新しい夜の一夜も欠かさず、夢に見えてほしい。
〔2843〕いとしく私が思ういとしい人を、世の人みなが見過ごすように見過ごせようか。手に抱かないままで。
〔2844〕この頃眠ることができないのは、(敷妙の)手枕を交わして寝たいと思うからこそだ。
〔2845〕忘れられるかと物語りをして気を晴らし、紛らわそうとするけれど紛れず、なお恋しく思ってしまった。
意訳
巻第十二は「古今相聞往来の歌の類の下」で、巻第十一と対をなす恋の歌の巻である。巻頭は人麻呂歌集の正述心緒の歌で、明け方の別れに恋人の姿をよく見なかった悔い、毎夜夢に見えてほしいという願い、恋人を見過ごせないという思い、手枕を交わしたくて眠れない夜、物語りをしても紛れない恋が詠まれる。
語釈・文法注
文法・本文
- 朝けの形
- 明け方の姿。
- 新夜
- 「あらたよ」。新しく来る夜、毎夜。
- 闕ちず
- 「おちず」。欠かさず。
- 寢の寢らえぬ
- 眠ることができない。
- 意遣り
- 「こころやり」。気晴らし。
和歌
- 作者
- 作者未詳
- 出典
- 『万葉集』巻第十二・相聞・2841〜2845番
- 歌体
- 短歌(五七五七七)
- 時期
- 第2期(672〜710年(壬申の乱〜平城京遷都))
- 状況
- 正述心緒。柿本人麻呂歌集の歌。
修辞
- 反復
- 2845番の「過ぐせど過ぎず」。
- 枕詞
- 2844番の「敷細布の」が「手枕」にかかる。
解説
人麻呂歌集の歌は字数を切り詰めた略体の表記が多く、2845番の白文は「忘哉 語 意遣 雖過不過 猶戀」とわずか十四字で書かれている。
関連
出典
- 底本
- 佐佐木信綱編『新訓万葉集』下巻 岩波文庫、昭和2年(1927)、465頁(コマ25)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 原文
- 佐佐木信綱編『白文万葉集』下巻 岩波書店、昭和5年(1930)、535頁(コマ31)。万葉仮名の原文。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日