万葉集 巻第十 2340〜2344番
一目見し 人に戀ふらく
一目見た人を恋しく思うのは、空を曇らせて降る雪のように消えそうに思われる。思い出す時はどうしようもなく、豊国の木綿山の雪のように消えそうだ。夢のように君に逢って消えそうに思う。夫の言葉がうれしくて出て行けば裳を引いた跡で知られる、雪よ降るな。梅の花と見分けもつかず降る雪のように、はっきり知られるだろう、使いをやったら。雪に寄せた恋の歌五首。
場面イラスト(準備中)
題詞(雪に寄す)
- 1一一ひと目目め見見みししし一眼見之2340
- 2人人ひとににに戀戀こふふうらくらくらく人爾戀良久
- 3天天あま霧霧ぎらししし天霧之
- 4零零ふりりりくるくるくる雪雪ゆきののの零來雪之
- 5消消けぬぬぬべくべくべく念念おもほゆほゆおゆ可消所念
- 6思思おもひひい出出いづるづるずる思出2341
- 7時時ときははは術術すべなみなみなみ時者爲便無
- 8豐國豐國とよくにののの豐國之
- 9木綿木綿ゆう山山やまののの雪雪ゆきののの木綿山雪之
- 10消消けぬぬぬべくべくべく念念おもほゆほゆおゆ可消所念
- 11夢夢いめののの如如ごと如夢2342
- 12君君きみををを相相あい見見みててて君乎相見而
- 13天天あま霧霧ぎらししし天霧之
- 14降降ふりりり來來くるるる雪雪ゆきののの落來雪之
- 15消消けぬぬぬべくべくべく念念おもほゆほゆおゆ可消所念
- 16吾吾わが背背せ子子こががが吾背子之2343
- 17言言こと愛愛うるわしみしみしみ言愛美
- 18出出いでででててて行行ゆかかかばばば出去者
- 19裳裳も引引びき知知しらえらえらえむむん裳引將知
- 20雪雪ゆきななな零零ふりりりそそそねねね雪勿零
- 21梅梅うめののの花花はな梅花2344
- 22それそれそれともともとも見見みえええずずず其跡毛不所見
- 23零零ふるるる雪雪ゆきののの零雪之
- 24いちじろけいちじろけいちじろけむむんななな市白兼名
- 25間間ま使使づかい遣遣やらららばばば間使遣者
現代語訳
〔2340〕一目見た人を恋しく思う気持ちは、空を曇らせて降ってくる雪のように、消えてしまいそうに思われる。
〔2341〕思い出す時はどうしようもなくて、豊国の木綿山の雪のように、消えてしまいそうに思われる。
〔2342〕夢のようにあなたに逢って、空を曇らせて降ってくる雪のように、消えてしまいそうに思われる。
〔2343〕あの方の言葉がうれしいので出て行ったなら、裳を引いた跡で人に知られてしまうだろう。雪よ降らないでおくれ。
〔2344〕梅の花とも見分けがつかないほど降る雪のように、はっきり人に知られてしまうだろうな。使いをやったならば。
意訳
雪に寄せた恋の歌の続きである。一目見た人への恋、思い出すとどうしようもない恋、夢のように逢えた恋を、いずれも降る雪の消えるように身も消え入りそうだと歌う。恋人の言葉に誘われて出て行けば雪の上の裳裾の跡で人に知られるから雪よ降るなと願い、雪の中に使いをやれば足跡ではっきり知られてしまうと恐れる歌が並ぶ。
語釈・文法注
文法・本文
- 天霧らし
- 空一面を曇らせて。
- 言愛しみ
- 言葉がうれしいので。
- 裳引
- 「もびき」。裳の裾を引いて歩くこと、その跡。
- 間使
- 「まづかひ」。恋人の間を行き来する使い。
和歌
- 作者
- 作者未詳
- 出典
- 『万葉集』巻第十・相聞・2340〜2344番
- 歌体
- 短歌(五七五七七)
- 時期
- 作者未詳(時代を問わない)
- 状況
- 冬の相聞。雪に寄せた恋の歌。
修辞
- 反復
- 2340〜2342番は「消ぬべく念ほゆ」の結句をくり返す。
解説
雪の上に残る足跡が恋の秘密をあばくという発想は、冬ならではの恋の歌である。
関連
出典
- 底本
- 佐佐木信綱編『新訓万葉集』上巻 岩波文庫、昭和2年(1927)、420頁(コマ214)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 原文
- 佐佐木信綱編『白文万葉集』上巻 岩波書店、昭和24年(1949)、481頁(コマ246)。万葉仮名の原文。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日