万葉集 巻第十 2335〜2339番
咲き出照る 梅の下枝に
照り映えて咲く梅の下枝に置く露のように、消え入りそうに妹を恋うこの頃。ひどく夜が更けてから行かないで、道の辺の笹の上に霜の降る夜に。笹の葉に降り覆う薄雪が消えるように忘れようと言えばいっそう思われる。霰が降り風の寒い夜に旗野で今夜独り寝るのか。吉隠の野の木に降り覆う白雪のように、はっきりと恋い慕うのだろう。冬の相聞五首。
場面イラスト(準備中)
題詞露に寄す/霜に寄す/雪に寄す
- 1咲咲さききき出出で照照てるるる咲出照2335 露
- 2梅梅うめののの下下しず枝枝えににに梅之下枝
- 3置置おくくく露露つゆののの置露之
- 4消消けぬぬぬべくべくべく妹妹いもににに可消於妹
- 5戀戀こふるふるうる此此こののの頃頃ごろ戀頃者
- 6はなはだはなはだはなはだももも甚毛2336 霜
- 7夜夜よ深深ふけけけてててななな行行ゆききき夜深勿行
- 8道道みちののの邊邊べののの道邊之
- 9五百五百ゆ小小ざ竹竹さががが上上うえににに湯小竹之於爾
- 10霜霜しもののの降降ふるるる夜夜よををを霜降夜焉
- 11小小さ竹竹さののの葉葉はにににははは小竹葉爾2337 雪
- 12はだれはだれはだれ零零ふりりり覆覆おおひひい薄太禮零覆
- 13消消けなななばばばかもかもかも消名羽鴨
- 14忘忘わすれれれむむんととといへいへいえばばば將忘云者
- 15益益ましししててて念念おもほゆほゆおゆ益所念
- 16霰霰あられふりふりふり霰落2338 雪
- 17甚甚いたももも風風かぜ吹吹ふききき板敢風吹
- 18寒寒さむききき夜夜よややや寒夜也
- 19旗野旗野はたぬににに今今こ夜夜よい旗野爾今夜
- 20吾吾わががが獨獨ひとり寐寐ねむむむ吾獨寐牟
- 21吉隱吉隱よなばりののの吉名張乃2339 雪
- 22野野ぬ木木ぎににに零零ふりりりおほふおほふおおう野木爾零覆
- 23白白しら雪雪ゆきののの白雪乃
- 24いちじろくいちじろくいちじろくしもしもしも市白霜
- 25戀戀こひひいむむん吾吾われかもかもかも將戀吾鴨
現代語訳
〔2335〕照り映えて咲いている梅の下枝に置く露のように、消え入りそうなほどいとしい人を恋しく思うこの頃だ。
〔2336〕ひどく夜が更けてから行かないでください。道のほとりの笹の上に霜の降るこんな夜に。
〔2337〕笹の葉に薄雪が降り覆って消えるように、忘れてしまおうかと言うと、いっそう思われる。
〔2338〕霰が降り、ひどく風も吹いて寒い夜に、旗野で今夜私は独りで寝るのだろうか。
〔2339〕吉隠の野の木に降り覆う白雪のように、はっきりと人目につくほど恋い慕う私なのだろうか。
意訳
露・霜・雪に寄せた冬の恋の歌である。梅の下枝の露のように消え入りそうな恋、霜の降る夜更けに帰って行く恋人を気づかう女の歌、薄雪のように忘れようとするほどかえって思われる心、霰と風の寒い夜の旅の独り寝、吉隠の白雪のようにはっきりと人に知られる恋が歌われる。
語釈・文法注
文法・本文
- 五百小竹
- 「ゆざさ」。生い茂った笹。
- はだれ
- うっすらと降った雪。
- 甚も
- 「いたも」。ひどく。
和歌
- 作者
- 作者未詳
- 出典
- 『万葉集』巻第十・相聞・2335〜2339番
- 歌体
- 短歌(五七五七七)
- 時期
- 作者未詳(時代を問わない)
- 状況
- 冬の相聞。露・霜・雪に寄せた恋の歌。
修辞
- 序詞
- 2335番・2337番・2339番の上の句が「消」「いちじろく」などを導く。
解説
雪や露の「消」を恋に消え入る身に重ねる表現が、冬の相聞でもくり返される。
関連
出典
- 底本
- 佐佐木信綱編『新訓万葉集』上巻 岩波文庫、昭和2年(1927)、420頁(コマ214)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 原文
- 佐佐木信綱編『白文万葉集』上巻 岩波書店、昭和24年(1949)、481頁(コマ246)。万葉仮名の原文。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日