万葉集 巻第十 2319〜2324番
夕されば 衣手寒し
夕方になると袖が寒い、高松の山の木ごとに雪が降っている。私の袖に降った雪が流れて行って妹の袂に触れないか。沫雪は今日は降るな、袖を干してくれる人もいないのに。ひどく降りもしない雪なのに空は大げさに曇り続ける。君を待って出て見ると沫雪が庭にまだらに降っていた。山に白いのは昨日の夕べ降った雪か。雪の歌六首。
場面イラスト(準備中)
題詞(雪を詠める)
- 1夕夕ゆうされされさればばば暮去者2319
- 2衣衣ころも手手で寒寒さむししし衣袖寒之
- 3高松高松たかまつののの高松之
- 4山山やまののの木木き每每ごとににに山木每
- 5雪雪ゆきぞぞぞ零零ふりりりたるたるたる雪曾零有
- 6吾吾わががが袖袖そでににに吾袖爾2320
- 7零零ふりりりつるつるつる雪雪ゆきももも零鶴雪毛
- 8流流ながれれれ去去いにににててて流去而
- 9妹妹いもががが袂袂たもとににに妹之手本
- 10いいい行行ゆききき觸觸ふれれれぬぬぬかかか伊行觸糠
- 11沫沫あわ雪雪ゆきははは沫雪者2321
- 12今日今日きょうはははななな零零ふりりりそそそ今日者莫零
- 13白白しろ妙妙たえののの白妙之
- 14袖袖そでまきまきまき干干ほさささむむん袖纏將干
- 15人人ひともももあらあらあらなくなくなくににに人毛不有君
- 16甚多甚多はなはだももも甚多毛2322
- 17零零ふらららぬぬぬ雪雪ゆきゆゑゆゑゆえ不零雪故
- 18言多言多こちたくくくももも言多毛
- 19天天あまつつつみみみ空空そらははは天三空者
- 20陰陰くもらひらひらいにににつつつつつつ陰相管
- 21吾吾わが背背せ子子こををを吾背子乎2323
- 22今今いまかかか今今いまかかかととと且今且今
- 23出出いででで見見みれれればばば出見者
- 24沫沫あわ雪雪ゆきふれふれふれりりり沫雪零有
- 25庭庭にはもももほどろほどろほどろににに庭毛保杼呂爾
- 26あしひきあしひきあしひきののの足引2324
- 27山山やまににに白白しろきききははは山爾白者
- 28我我わががが屋戸屋戸やどににに我屋戸爾
- 29昨日昨日きのうののの暮暮ゆうべ昨日暮
- 30ふりふりふりししし雪雪ゆきかもかもかも零之雪疑意
現代語訳
〔2319〕夕方になると袖が寒い。高松の山の木ごとに、雪が降り積もっている。
〔2320〕私の袖に降った雪も、流れて行って、いとしい人の袂に触れてくれないものか。
〔2321〕沫雪は今日は降らないでおくれ。白い袖を巻いて干してくれる人もいないのだから。
〔2322〕ひどく降るわけでもない雪なのに、大げさにも、空は曇り続けている。
〔2323〕あの方を今か今かと待って出て見ると、沫雪が降っている。庭にまだらに。
〔2324〕(あしひきの)山に白く見えるのは、わが家の庭に昨日の夕方降った雪だろうか。
意訳
雪の歌の続きである。夕暮れの寒さに高松の山の雪を見る歌、袖に降った雪が流れて恋人の袂に触れてほしいという願い、袖を干してくれる人もいないから沫雪よ降るなという独り身の嘆き、たいして降らない雪なのに空が大げさに曇り続ける歌、恋人を待って出てみると庭にまだらに沫雪が降っていた歌、山の白さを昨夕の庭の雪と同じかと思う歌が並ぶ。
語釈・文法注
文法・本文
- い行き觸れぬか
- 行って触れてくれないものか。
- 甚多も
- 「はなはだも」。ひどくも。
- 言多く
- 「こちたく」。大げさに、うるさいほどに。
- ほどろに
- まだらに、薄く。
和歌
- 作者
- 作者未詳
- 出典
- 『万葉集』巻第十・雑歌・2319〜2324番
- 歌体
- 短歌(五七五七七)
- 時期
- 作者未詳(時代を問わない)
- 状況
- 冬の雑歌。雪を詠んだ歌。
修辞
- 枕詞
- 2324番の「あしひきの」が「山」にかかる。
解説
2323番は恋人を待つ女性の立場の歌で、冬の雑歌ながら相聞の情趣をもつ。
関連
出典
- 底本
- 佐佐木信綱編『新訓万葉集』上巻 岩波文庫、昭和2年(1927)、419頁(コマ213)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 原文
- 佐佐木信綱編『白文万葉集』上巻 岩波書店、昭和24年(1949)、479頁(コマ245)。万葉仮名の原文。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日