万葉集 巻第十 2304〜2307番
蜻蛉羽に にほへる衣
とんぼの羽のように美しい衣を私は着まい、君に差し上げれば夜も着てくれるだろう。旅でさえ紐を解くのに、人の噂が多いので丸寝をする長い夜。時雨の降る暁月夜に、紐を解かずに恋う君と一緒にいたかった。黄葉に置く白露の色のように顔には出すまいと思えば噂が多い。衣に寄せた歌と問答。
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題詞衣に寄す/問答
- 1蜻蛉蜻蛉あきつ羽羽はににに秋都葉爾2304 衣
- 2にほへにほへにおえるるる衣衣ころも爾寶敝流衣
- 3吾吾われははは著著きじじじ吾者不服
- 4君君きみににに奉奉まつらららばばば於君奉者
- 5夜夜よるももも著著きむむむがねがねがね夜毛著金
- 6旅旅たびにににすらすらすら旅尙2305 問
- 7紐紐ひも解解とくくくものものものををを襟解物乎
- 8事事ことしげみしげみしげみ事繁三
- 9丸丸まろ寢寢ね吾吾われはははすすす丸宿吾爲
- 10長長ながきききこのこのこの夜夜よををを長此夜
- 11時雨時雨しぐれふるふるふる四具禮零2306 答
- 12曉曉あかとき月月づく夜夜よ曉月夜
- 13紐紐ひも解解とかかかずずず紐不解
- 14戀戀こふふうらむらむらん君君きみととと戀君跡
- 15居居おらららましましましものものものををを居益物
- 16もみぢもみぢもみじ葉葉ばににに於黃葉2307 答
- 17置置おくくく白白しら露露つゆののの置白露之
- 18色葉色葉においにににももも色葉二毛
- 19出出いでででじじじととと念念おもへへえばばば不出跡念者
- 20ことことことののの繁繁しげけくけくけく事之繁家口
現代語訳
〔2304〕とんぼの羽のように美しく照り映える衣を、私は着るまい。あなたに差し上げたなら、夜も着てくださるだろうから。
〔2305〕旅先でさえ紐を解いて寝るものなのに、人の噂がうるさいので、着物を着たまま丸寝を私はしている。長いこの夜を。
〔2306〕時雨の降る明け方の月夜に、紐も解かずに恋しく思っているであろうあなたと、一緒にいたかったのに。
〔2307〕黄葉に置く白露の色のように、顔色には出すまいと思うのに、人の噂の多いことよ。
意訳
衣に寄せた歌と問答である。とんぼの羽のように美しい衣を自分では着ず恋人に贈れば、夜も身につけてくれるだろうと願う歌に続き、噂を恐れて丸寝する男の嘆きと、その人と一緒にいたかったと答える女の歌、顔色に出すまいとしても噂が立つと嘆く歌が並ぶ。
語釈・文法注
文法・本文
- 蜻蛉羽
- 「あきつは」。とんぼの羽。薄く美しいもののたとえ。
- がね
- …するように。
- 事しげみ
- 人の噂がうるさいので。
- 丸寢
- 着物を着たまま寝ること。
和歌
- 作者
- 作者未詳
- 出典
- 『万葉集』巻第十・相聞・2304〜2307番
- 歌体
- 短歌(五七五七七)
- 時期
- 作者未詳(時代を問わない)
- 状況
- 秋の相聞。衣に寄せた歌と問答。2307番は秋の歌ではないが、答えの歌なのでここに載せたと左注にある。
修辞
- 比喩
- 2304番は美しい衣をとんぼの羽にたとえる。
- 序詞
- 2307番の上二句が「色」を導く。
解説
恋人に自分の衣を贈って身につけてもらうことは、離れていても共にあるしるしであった。
関連
出典
- 底本
- 佐佐木信綱編『新訓万葉集』上巻 岩波文庫、昭和2年(1927)、417頁(コマ212)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 原文
- 佐佐木信綱編『白文万葉集』上巻 岩波書店、昭和24年(1949)、477頁(コマ244)。万葉仮名の原文。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日