万葉集 巻第十 2298〜2303番
君に戀ひ しなえうらぶれ
君を恋うてしおれていると秋風が吹いて月が傾いた。秋の夜の月のように雲に隠れて少しも見えないとひどく恋しい。九月の有明の月夜のようにいつも君が来てくれれば恋しくはない。恋うまいとしても秋風の寒い夜は君を思う。ひどい人だと思うだろう、秋の長夜を寝てばかりで。秋の夜は長いというが、積もった恋を尽くせば短かった。月と夜に寄せた恋の歌六首。
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題詞月に寄す/夜に寄す
- 1君君きみににに戀戀こひひい於君戀2298 月
- 2しなえしなえしなえうらぶれうらぶれうらぶれ之奈要浦觸
- 3吾吾わががが居居おれれればばば吾居者
- 4秋秋あき風風かぜ吹吹ふきききててて秋風吹而
- 5月月つき斜斜かたぶきききぬぬぬ月斜焉
- 6秋秋あきののの夜夜よののの秋夜之2299 月
- 7月月つきかもかもかも君君きみははは月疑意君者
- 8雲雲くも隱隱がくりりり雲隱
- 9しまししまししましももも見見みねねねばばば須臾不見者
- 10幾許幾許ここだ戀戀こいしきしきしき幾許戀敷
- 11九月九月ながつきののの九月之2300 月
- 12ありあけありあけありあけののの月月つく夜夜よ在明能月夜
- 13ありありありつつつつつつももも有乍毛
- 14君君きみががが來來きまさまさまさばばば君之來座者
- 15吾吾われ戀戀こひひいめめめやややももも吾將戀八方
- 16よしゑやしよしゑやしよしえやし吉咲八師2301 夜
- 17戀戀こひひいじじじとととすれすれすれどどど不戀登爲跡
- 18秋秋あき風風かぜののの金風之
- 19寒寒さむくくく吹吹ふくくく夜夜よははは寒吹夜者
- 20君君きみをををしししぞぞぞ念念おもふふう君乎之曾念
- 21里里さと人人びとししし惑者之2302 夜
- 22あなあなあな情情こころなななととと痛情無跡
- 23念念おもふふうらむらむらん將念
- 24秋秋あきののの長長なが夜夜よををを秋之長夜乎
- 25寐寐いねねね臥臥ふしししてててのみのみのみ寐臥耳
- 26秋秋あきののの夜夜よををを秋夜乎2303 夜
- 27長長ながしししととと言言いへへえどどど長跡雖言
- 28積積つもりりりにににししし積西
- 29戀戀こいををを盡盡つくせせせばばば戀盡者
- 30短短みじかくくくありありありけりけりけり短有家里
現代語訳
〔2298〕あなたを恋しく思って、しおれて沈んでいると、秋風が吹いて、月が傾いてしまった。
〔2299〕秋の夜の月なのだろうか、あなたは。雲に隠れて、少しの間も見えないと、ひどく恋しい。
〔2300〕九月の有明の月夜のように、いつもずっとあなたが来てくださるなら、私が恋しく思うことがあろうか。
〔2301〕ええままよ、恋するまいとするけれど、秋風の寒く吹く夜は、あなたのことを思ってしまう。
〔2302〕里の人は、ああ情けない人だと思うだろうか。秋の長い夜を、寝てばかりいて。
〔2303〕秋の夜は長いというけれど、積もり積もった恋の思いを尽くしてみると、短いものであった。
意訳
月と夜に寄せた恋の歌である。恋にしおれているうちに秋風が吹いて月が傾き、雲に隠れる秋の月のように見えない恋人がひどく恋しい。有明の月のようにいつも来てくれれば恋しくはないと嘆き、恋うまいとしても秋風の寒い夜は思わずにいられない。秋の長夜を寝てばかりいる自分を人はどう思うかと恥じ、長いはずの秋の夜も積もった恋を語り尽くせば短かったと歌う。
語釈・文法注
文法・本文
- しなえうらぶれ
- しおれて、元気をなくして。
- 幾許
- 「ここだ」。はなはだしく。
- よしゑやし
- ええままよ。
- あな情なと
- ああ情けないと。
- 寐ね臥して
- 寝て横になって。
和歌
- 作者
- 作者未詳
- 出典
- 『万葉集』巻第十・相聞・2298〜2303番
- 歌体
- 短歌(五七五七七)
- 時期
- 作者未詳(時代を問わない)
- 状況
- 秋の相聞。月と夜に寄せた恋の歌。
修辞
- 比喩
- 2299番は恋人を雲に隠れる月にたとえる。
- 対照
- 2303番は「長し」と「短く」を対比する。
解説
2303番は、秋の夜長も逢瀬には短いという、のちの和歌に受け継がれる発想を示している。
関連
出典
- 底本
- 佐佐木信綱編『新訓万葉集』上巻 岩波文庫、昭和2年(1927)、416頁(コマ212)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 原文
- 佐佐木信綱編『白文万葉集』上巻 岩波書店、昭和24年(1949)、476頁(コマ244)。万葉仮名の原文。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日