万葉集 巻第十 2290〜2294番
秋萩を 散り過ぎぬべみ
散りそうなので萩を手折って見ても心は晴れない、君ではないので。朝咲いて夕べにしぼむ鴨頭草のように消えそうな恋をする。秋津野の尾花に萩の花を添えて君の仮小屋を葺いて。咲いたと知らなければ黙っていたのに萩を見せてやたらに。雁の越える龍田山のように立っても座っても君を思う。花・山に寄せた恋の歌五首。
場面イラスト(準備中)
題詞(花に寄す)/山に寄す
- 1秋秋あき萩萩はぎををを秋芽子乎2290
- 2散散ちりりり過過すぎぎぎぬぬぬべみべみべみ落過沼蛇
- 3手手た折折おりりり持持もちちち手折持
- 4見見みれれれどもどもども不樂不樂さぶししし雖見不怜
- 5君君きみにににしししあらあらあらねねねばばば君西不有者
- 6朝朝あした咲咲さききき朝開2291
- 7夕夕ゆうべははは消消けぬるぬるぬる夕者消流
- 8鴨頭草鴨頭草つきくさののの鴨頭草
- 9消消けぬぬぬべきべきべき戀戀こいももも可消戀毛
- 10吾吾われはははするするするかもかもかも吾者爲鴨
- 11秋津秋津あきつ野野ぬののの蜻野之2292
- 12尾尾お花花ばな苅苅かりりり副副そへへえ尾花苅副
- 13秋秋あき萩萩はぎののの秋芽子之
- 14花花はなををを葺葺ふかかかさねさねさね花乎葺核
- 15君君きみががが假假かり廬廬ほににに君之借廬
- 16咲咲さけけけりりりともともとも咲友2293
- 17知知しらららずずずしししあらあらあらばばば不知師有者
- 18默然默然もだもももあらあらあらむむん默然將有
- 19このこのこの秋秋あき萩萩はぎををを此秋芽子乎
- 20見見みせせせつつつつつつもとなもとなもとな令視管本名
- 21秋秋あきされされさればばば秋去者2294 山
- 22鴈鴈かり飛飛とびびび越越こゆるゆるゆる鴈飛越
- 23龍田龍田たつた山山やま龍田山
- 24立立たちちちてててももも居居いてててももも立而毛居而毛
- 25君君きみをををしししぞぞぞ念念おもふふう君乎思曾念
現代語訳
〔2290〕秋萩が散り過ぎてしまいそうなので、手折って手に持って見ても、心は晴れない。あなたではないので。
〔2291〕朝に咲いて夕方にはしぼんでしまう鴨頭草のように、消えてしまいそうな恋を、私はすることだ。
〔2292〕秋津野の尾花を刈り添えて、秋萩の花で屋根を葺いてください、あなたの仮小屋に。
〔2293〕咲いていると知らずにいたなら、黙ってもいられただろうに。この秋萩を見せて、むやみに心を乱させる。
〔2294〕秋になると雁が飛び越えて行く龍田山の名のように、立っていても座っていても、あなたのことを思う。
意訳
花と山に寄せた恋の歌である。散りそうな萩を手折って見ても恋人ではないので心は晴れないと嘆き、朝に咲いて夕べにしぼむ鴨頭草のようにはかない恋を歌い、恋人の仮小屋を尾花と萩で葺いてほしいと願う。萩が咲いたと知らなければ黙っていられたのにと恨み、龍田山の「たつ」にかけて、立っても座っても恋人を思うと歌う。
語釈・文法注
文法・本文
- 散り過ぎぬべみ
- 散ってしまいそうなので。
- 不樂し
- 「さぶし」。心が楽しまない。
- 葺かさね
- 葺いてください。
- もとな
- むやみに。
和歌
- 作者
- 作者未詳
- 出典
- 『万葉集』巻第十・相聞・2290〜2294番
- 歌体
- 短歌(五七五七七)
- 時期
- 作者未詳(時代を問わない)
- 状況
- 秋の相聞。花と山に寄せた恋の歌。
修辞
- 序詞
- 2291番の上三句が「消」を、2294番の上三句が「立ち」を導く。
解説
2294番は龍田山の「たつ」から「立ちても居ても」を導く、同音による序詞の典型である。
関連
出典
- 底本
- 佐佐木信綱編『新訓万葉集』上巻 岩波文庫、昭和2年(1927)、416頁(コマ212)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 原文
- 佐佐木信綱編『白文万葉集』上巻 岩波書店、昭和24年(1949)、475頁(コマ243)。万葉仮名の原文。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日