万葉集 巻第十 2285〜2289番
秋萩の 花野のすすき
花野のすすきの穂のように表に出さず恋い続ける隠し妻よ。庭の萩が散って実になるまで君に逢えない。庭の萩が咲いた、散らないうちに早く見に来て、奈良の里人よ。岩間に生えた貌花のように、見続けると花だけだった。藤原の古い里の萩は君を待ちかねて咲いて散った。花に寄せた恋の歌五首。
場面イラスト(準備中)
題詞(花に寄す)
- 1秋秋あき萩萩はぎののの秋芽子之2285
- 2花花はな野野ぬのののすすきすすきすすき花野乃爲酢寸
- 3穗穗ほにににははは出出いでででずずず穗庭不出
- 4吾吾わががが戀戀こひひいわたるわたるわたる吾戀度
- 5隱隱こもり嬬嬬づまはははももも隱嬬波母
- 6吾吾わががが屋戸屋戸やどににに吾屋戸爾2286
- 7咲咲さきききししし秋秋あき萩萩はぎ開秋芽子
- 8散散ちりりり過過すぎぎぎててて散過而
- 9實實みににになるなるなるまでまでまでににに實成及丹
- 10君君きみににに逢逢あははわぬぬぬかもかもかも於君不相鴨
- 11吾吾わががが屋前屋前にはののの吾屋前之2287
- 12萩萩はぎ咲咲さきききにににけりけりけり芽子開二家里
- 13散散ちらららぬぬぬ間間まににに不落間爾
- 14早早はや來來きててて見見みべしべしべし早來可見
- 15平城平城ならののの里里さと人人びと平城里人
- 16石石いわ走走ばしるるる石走2288
- 17間間間間ままににに生生おひひいたるたるたる間間生有
- 18貌貌かお花花ばなののの貌花乃
- 19花花はなにににしししありありありけりけりけり花西有來
- 20在在ありりりつつつつつつ見見みれれればばば在筒見者
- 21藤原藤原ふじわらののの藤原2289
- 22古古ふりりりにににししし鄕鄕さとののの古鄕之
- 23秋秋あき萩萩はぎははは秋芽子者
- 24咲咲さきききててて散散ちりりりにににききき開而落去寸
- 25君君きみ待待まちちちかねかねかねててて君待不得而
現代語訳
〔2285〕秋萩の咲く花野のすすきの穂のように表には出さないで、私が恋い続けている隠し妻よ。
〔2286〕わが家の庭に咲いた秋萩が散ってしまって、実になるまでも、あなたに逢えないことだ。
〔2287〕わが家の庭の萩が咲いた。散らないうちに早く来て見るがよい、奈良の里の人よ。
〔2288〕岩の上を流れる水の間に生えている貌花のように、見続けていると、花だけのうわべのものだったことだ。
〔2289〕藤原の古びた里の秋萩は、咲いて散ってしまった。あなたを待ちかねて。
意訳
花に寄せた恋の歌である。花野のすすきの穂のように人目を忍ぶ隠し妻を思い、萩が散って実になるまで逢えない人を恨み、散らないうちに早く萩を見に来てほしいと奈良の人を誘う。岩間の貌花のように見た目だけで実のない人を嘆き、古い藤原の里の萩が待ちかねて散ったと、来ない人への思いを歌う。
語釈・文法注
文法・本文
- 隱嬬
- 「こもりづま」。人目を忍ぶ妻。
- 見べし
- 見るがよい。
- 間間
- 岩と岩の間。
- 貌花
- 「かほばな」。ひるがお、かきつばたなどとされる。
和歌
- 作者
- 作者未詳
- 出典
- 『万葉集』巻第十・相聞・2285〜2289番
- 歌体
- 短歌(五七五七七)
- 時期
- 作者未詳(時代を問わない)
- 状況
- 秋の相聞。花に寄せた恋の歌。
修辞
- 序詞
- 2285番の上二句が「穗」を、2288番の上三句が「花」を導く。
解説
藤原は持統天皇の藤原京があった地で、遷都後は「古りにし郷」と呼ばれた。
関連
出典
- 底本
- 佐佐木信綱編『新訓万葉集』上巻 岩波文庫、昭和2年(1927)、415頁(コマ211)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 原文
- 佐佐木信綱編『白文万葉集』上巻 岩波書店、昭和24年(1949)、475頁(コマ243)。万葉仮名の原文。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日