万葉集 巻第十 2279〜2284番
吾が鄕に 今咲く花の
里に今咲く女郎花のように、こらえきれない心でなお恋い慕う。萩の花の咲いたのを見ると君に逢わずに久しくなった。朝露に咲く鴨頭草のように日暮れとともに消えそうに思う。長い夜を恋いながら生きるより散った花であればよかった。相坂山のはたすすきのように穂に出さず恋い続ける。今すぐ見たい、萩のようにしなやかな妹の姿を。花に寄せた恋の歌六首。
場面イラスト(準備中)
題詞(花に寄す)
- 1吾吾わががが鄕鄕さとににに吾鄕爾2279
- 2今今いま咲咲さくくく花花はなののの今咲花乃
- 3をみなへしをみなへしおみなえし女郎花
- 4堪堪あへへえぬぬぬ情情こころににに不堪情
- 5なほなほなお戀戀こひひいにににけりけりけり尙戀二家里
- 6萩萩はぎががが花花はな芽子花2280
- 7咲咲さけけけるるるををを見見みれれればばば咲有乎見者
- 8君君きみににに逢逢あははわずずず君不相
- 9眞眞まことももも久久ひさににに眞毛久二
- 10なりなりなりにににけるけるけるかもかもかも成來鴨
- 11朝朝あさ露露つゆににに朝露爾2281
- 12咲咲さきききすさびすさびすさびたるたるたる咲酢左乾垂
- 13鴨頭草鴨頭草つきくさののの鴨頭草之
- 14日日ひののの斜斜くだつ共共むた日斜共
- 15消消けぬぬぬべくべくべく念念おもほゆほゆおゆ可消所念
- 16長長ながききき夜夜よををを長夜乎2282
- 17君君きみににに戀戀こひひいつつつつつつ於君戀乍
- 18生生いけけけらららずずずははは不生者
- 19咲咲さきききててて散散ちりりりにににししし開而落西
- 20花花はなならならならましましましををを花有益乎
- 21吾吾わぎ妹妹も子子こににに吾妹兒爾2283
- 22相坂相坂おうさか山山やまののの相坂山之
- 23はたはたはたすすきすすきすすき皮爲酢寸
- 24穗穗ほにににははは咲咲さききき出出でずずず穗庭開不出
- 25戀戀こひひいわたるわたるわたるかもかもかも戀渡鴨
- 26いささめいささめいささめににに率爾2284
- 27今今いまももも見見みががが欲欲ほししし今毛欲見
- 28秋秋あき萩萩はぎののの秋芽之
- 29しなひしなひしないにににあらあらあらむむん四搓二將有
- 30妹妹いもがががすがたすがたすがたををを妹之光儀乎
現代語訳
〔2279〕わが里に今咲いている花の女郎花のように、こらえきれない心で、いっそう恋しく思ったことだ。
〔2280〕萩の花の咲いているのを見ると、あなたに逢わないで、本当に久しくなってしまったことだ。
〔2281〕朝露に咲き誇っている鴨頭草が日が傾くとともにしぼむように、消えてしまいそうに思われる。
〔2282〕長い夜をあなたを恋しく思いながら生きているくらいなら、咲いて散ってしまう花であればよかったのに。
〔2283〕(吾妹子に)逢うという相坂山のはたすすきのように、穂に出すこともなく恋い続けることだ。
〔2284〕ほんの少しでも、今すぐ見たいものだ。秋萩のようにしなやかであろう、いとしい人の姿を。
意訳
花に寄せた恋の歌の続きである。里に咲く女郎花のように抑えきれない恋心、萩の花に恋人と逢わない月日の長さを知る歌、朝露に咲いて日暮れにしぼむ鴨頭草のように消え入りそうな思い、恋い続けるくらいなら散る花になりたいという嘆き、相坂山のはたすすきのように表に出さない恋、秋萩のようにしなやかな恋人の姿を今すぐ見たいという願いが歌われる。
語釈・文法注
文法・本文
- 堪へぬ
- 「あへぬ」。こらえきれない。
- すさび
- 思うままに勢いよく咲く。
- 鴨頭草
- 「つきくさ」。つゆくさ。
- 斜つ
- 「くたつ」。日が傾く。
- いささめに
- かりそめに、ほんの少し。
和歌
- 作者
- 作者未詳
- 出典
- 『万葉集』巻第十・相聞・2279〜2284番
- 歌体
- 短歌(五七五七七)
- 時期
- 作者未詳(時代を問わない)
- 状況
- 秋の相聞。花に寄せた恋の歌。
修辞
- 序詞
- 2281番の上三句が「消」を、2283番の上三句が「穗に」を導く。
- 枕詞
- 2283番の「吾妹子に」が「相坂」の「逢ふ」にかかる。
解説
鴨頭草は朝に咲いて昼にはしぼむ花で、移ろいやすい心やはかない命にたとえられた。
関連
出典
- 底本
- 佐佐木信綱編『新訓万葉集』上巻 岩波文庫、昭和2年(1927)、415頁(コマ211)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 原文
- 佐佐木信綱編『白文万葉集』上巻 岩波書店、昭和24年(1949)、474頁(コマ243)。万葉仮名の原文。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日