万葉集 巻第十 2273〜2278番
何すとか 君を厭はむ
どうして君を嫌うだろう、秋萩の初花のようにうれしいのに。転げ回って恋い死んでも、朝顔の花のようにはっきり色には出すまい。言葉に出すのは慎むべきで、朝顔の穂のように表に出ない恋をする。雁の初声とともに咲いた萩を見に来て。入野のすすきの初尾花のように、いつ妹の手を枕にできるのか。恋う日が長いので韓藍の花のように色に出てしまった。花に寄せた恋の歌六首。
場面イラスト(準備中)
題詞(花に寄す)
- 1何何なにすすすとととかかか何爲等加2273
- 2君君きみををを厭厭いとははわむむん君乎將猒
- 3秋秋あき萩萩はぎののの秋芽子乃
- 4そのそのその初初はつ花花はなののの其始花之
- 5歡歡うれしきしきしきものものものををを歡寸物乎
- 6展轉展轉こいまろびびび展轉2274
- 7戀戀こいははは死死しぬぬぬともともとも戀者死友
- 8いちじろくいちじろくいちじろく灼然
- 9色色いろにににははは出出いでででじじじ色庭不出
- 10朝貌朝貌あさがおののの花花はな朝容貌之花
- 11言言ことににに出出いでででててて言出而2275
- 12云云いははわばばばゆゆしみゆゆしみゆゆしみ云忌染
- 13朝貌朝貌あさがおののの朝貌乃
- 14穗穗ほにににははは咲咲さききき出出でぬぬぬ穗庭開不出
- 15戀戀こいをををするするするかもかもかも戀爲鴨
- 16鴈鴈かりがががねねねののの鴈鳴之2276
- 17初初はつ聲聲こえ聞聞ききききててて始音聞而
- 18咲咲さききき出出でたるたるたる開出有
- 19屋前屋前にはののの秋秋あき萩萩はぎ屋前之秋芽子
- 20見見みににに來來こわわわががが背背せ子子こ見來吾世古
- 21さささををお鹿鹿しかののの左小牡鹿之2277
- 22入野入野いりぬのののすすきすすきすすき入野乃爲酢寸
- 23初初はつ尾尾お花花ばな初尾花
- 24いづれいづれいずれののの時時ときかかか何時加
- 25妹妹いもががが手手てまかまかまかむむん妹之手將枕
- 26戀戀こふるふるうる日日ひののの戀日之2278
- 27日日け長長ながくくくしししあれあれあればばば氣長有者
- 28みみみ苑苑その生生ふののの三苑圃能
- 29韓藍韓藍からあいののの花花はなののの辛藍花之
- 30色色いろににに出出いでででにににけりけりけり色出爾來
現代語訳
〔2273〕どうしてあなたを嫌うことがありましょう。秋萩の、その初花のように、うれしいあなたなのに。
〔2274〕転げ回って恋い死にしようとも、はっきりと顔色には出すまい。朝顔の花のようには。
〔2275〕言葉に出して言えば恐れ多いので、朝顔の穂のように表には出ない恋をすることだ。
〔2276〕雁の初声を聞いて咲き出した、わが家の庭の秋萩を見に来てください、あなた。
〔2277〕牡鹿の入る入野のすすきの初尾花のように、いつになったら、いとしい人の手を枕にできるのだろう。
〔2278〕恋しく思う日々が長いので、庭の韓藍の花のように、思いが顔色に出てしまったことだ。
意訳
花に寄せた恋の歌である。秋萩の初花のように慕わしい人を嫌うはずがないと言い、恋い死にしても朝顔の花のように色には出すまいと誓い、言葉にすることもはばかられて表に出ない恋を嘆く。雁の初声とともに咲いた萩を見に来てほしいと誘い、入野の初尾花に恋人との共寝を待ちわび、長い恋の思いが韓藍の花のように顔色に出てしまったと歌う。
語釈・文法注
文法・本文
- 展轉び
- 「こいまろび」。ころげまわって。
- ゆゆしみ
- 恐れ多いので、はばかられるので。
- み苑生
- 庭園。
- 韓藍
- 「からあゐ」。けいとう。赤い花から染料をとった。
和歌
- 作者
- 作者未詳
- 出典
- 『万葉集』巻第十・相聞・2273〜2278番
- 歌体
- 短歌(五七五七七)
- 時期
- 作者未詳(時代を問わない)
- 状況
- 秋の相聞。花に寄せた恋の歌。
修辞
- 序詞
- 2277番の上三句が「いづれの時か」に、2278番の「み苑生の韓藍の花の」が「色」にかかる。
解説
韓藍は大陸から伝わった植物で、鮮やかな赤色が恋の表れにたとえられた。
関連
出典
- 底本
- 佐佐木信綱編『新訓万葉集』上巻 岩波文庫、昭和2年(1927)、414頁(コマ211)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 原文
- 佐佐木信綱編『白文万葉集』上巻 岩波書店、昭和24年(1949)、474頁(コマ243)。万葉仮名の原文。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日