万葉集 巻第十 2252〜2257番
秋萩の 咲き散る野邊の
萩の咲き散る野辺の夕露に濡れても来て、夜が更けても。色づかせる秋の露霜よ降るな、妹の袂を枕にしない今夜は。萩の上の白露のように消えてしまいたい、恋しがっているよりは。庭の萩に置く露のようにはっきりと恋するものか。秋の穂をなびかせて置く露のように消えてしまいたい。露霜に袖を濡らして今からでも妹のもとへ行こう。露に寄せた恋の歌六首。
場面イラスト(準備中)
題詞露に寄す
- 1秋秋あき萩萩はぎののの秋芽子之2252
- 2咲咲さききき散散ちるるる野野ぬ邊邊べののの開散野邊之
- 3夕夕ゆう露露つゆににに暮露爾
- 4ぬれぬれぬれつつつつつつ來來きませませませ沾乍來益
- 5夜夜よはははふけふけふけぬぬぬともともとも夜者深去鞆
- 6色色いろづかふづかふずかう色付相2253
- 7秋秋あきののの露露つゆ霜霜じも秋之露霜
- 8ななな零零ふりりりそそそねねね莫零
- 9妹妹いもががが袂袂たもとををを妹之手本乎
- 10纏纏まかかかぬぬぬ今今こ夜夜よいははは不纏今夜者
- 11秋秋あき萩萩はぎののの秋芽子之2254
- 12上上うえににに置置おきききたるたるたる上爾置有
- 13白白しら露露つゆののの白露之
- 14消消けかかかもももしししなましなましなまし消鴨死猿
- 15戀戀こひひいつつつつつつあらあらあらずずずははは戀乍不有者
- 16吾吾わががが屋前屋前にはののの吾屋前2255
- 17秋秋あき萩萩はぎののの上上うえににに秋芽子上
- 18置置おくくく露露つゆののの置露
- 19いちじろくいちじろくいちじろくしもしもしも市白霜
- 20吾吾われ戀戀こひひいめめめやややももも吾戀目八面
- 21秋秋あきののの穗穗ほををを秋穗乎2256
- 22萎萎しぬぬぬにににおしおしおし靡靡なべべべ之努爾押靡
- 23置置おくくく露露つゆののの置露
- 24消消けかかかもももしししなましなましなまし消鴨死益
- 25戀戀こひひいつつつつつつあらあらあらずずずははは戀乍不有者
- 26露露つゆ霜霜じもににに露霜爾2257
- 27衣衣ころも手手でぬれぬれぬれててて衣袖所沾而
- 28今今いまだにだにだにももも今谷毛
- 29妹妹いもがりがりがり行行ゆかかかななな妹許行名
- 30夜夜よははは深深ふけけけぬぬぬともともとも夜者雖深
現代語訳
〔2252〕秋萩の咲いては散る野辺の夕露に、濡れながらもおいでください。夜は更けてしまっても。
〔2253〕木の葉を色づかせる秋の露霜よ、降らないでおくれ。いとしい人の袂を枕にしない今夜は。
〔2254〕秋萩の上に置いた白露のように、消えてしまいたいものだ。恋い続けているくらいなら。
〔2255〕わが家の庭の秋萩の上に置く露のように、はっきりと人目につくような恋を、私がするものか。
〔2256〕秋の稲穂をしなやかに押しなびかせて置く露のように、消えてしまいたいものだ。恋い続けているくらいなら。
〔2257〕露霜に袖を濡らして、今からでもいとしい人のもとへ行こう。夜は更けてしまっても。
意訳
露に寄せた恋の歌である。夕露に濡れても夜更けでも来てほしいと待つ女、恋人と共寝しない今夜は露霜よ降るなと願う男、萩の白露のように消えてしまいたいほどの恋の苦しさ、露のようにはっきり人目につく恋はするまいという思い、稲穂に置く露のように消えたいという嘆き、露霜に濡れても夜更けでも恋人のもとへ行こうという決意が歌われる。
語釈・文法注
文法・本文
- 色づかふ
- 色づかせる。
- 消かもしなまし
- 消えてしまいたいものだ。
- いちじろく
- はっきりと、目立って。
- 萎ぬに
- 「しぬに」。しなやかに、しおれるように。
和歌
- 作者
- 作者未詳
- 出典
- 『万葉集』巻第十・相聞・2252〜2257番
- 歌体
- 短歌(五七五七七)
- 時期
- 作者未詳(時代を問わない)
- 状況
- 秋の相聞。露に寄せた恋の歌。
修辞
- 序詞
- 2254番・2256番の上三句が「消」を、2255番の上三句が「いちじろく」を導く。
解説
露の「消」を自分の命の消えることに重ねる表現は、恋の歌に多い。
関連
出典
- 底本
- 佐佐木信綱編『新訓万葉集』上巻 岩波文庫、昭和2年(1927)、412頁(コマ210)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 原文
- 佐佐木信綱編『白文万葉集』上巻 岩波書店、昭和24年(1949)、471頁(コマ241)。万葉仮名の原文。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日