万葉集 巻第十 2244〜2251番
住吉の 岸を田に墾り
住吉の岸を田に開いて蒔いた稲を刈るまで逢えない君。玉纏の田井でいつまで妹に逢わず家を恋うのか。稲穂の露のように消え入りそうに思われる。稲穂の向きのように私は片思いをしている。仮小屋にいる君を見たい。鶴の鳴く田の小屋にいると妹に告げよ。春から秋の刈り入れまで思わせる。早稲を刈る時は過ぎた、来ないつもりらしい。水田に寄せた恋の歌八首。
題詞水田に寄す
- 1住吉住吉すみのえののの住吉之2244
- 2岸岸きしををを田田たににに墾墾はりりり岸乎田爾墾
- 3蒔蒔まきききししし稻稻いねののの蒔稻乃
- 4しかしかしか苅苅かるるるまでまでまでににに而及苅
- 5逢逢あははわぬぬぬ君君きみかもかもかも不相公鴨
- 6劍劍たちののの後後しり劍後2245
- 7玉玉たま纏纏まき田田た井井いににに玉纏田井爾
- 8何時何時いつまでまでまでかかか及何時可
- 9妹妹いもををを相相あい見見みずずず妹乎不相見
- 10家家いえ戀戀こひひい居居おらららむむん家戀將居
- 11秋秋あきののの田田たののの秋田之2246
- 12穗穗ほののの上上へににに置置おけけけるるる穗上爾置
- 13白白しら露露つゆののの白露之
- 14消消けぬぬぬべくべくべく吾吾われははは可消吾者
- 15おもほゆるおもほゆるおもおゆるかもかもかも所念鴨
- 16秋秋あきののの田田たののの秋田之2247
- 17穗穗ほ向向むきののの依依よれれれるるる穗向之所依
- 18片片かたよりよりよりににに片縁
- 19吾吾われははは物物もの念念おもふふう吾者物念
- 20つれなきつれなきつれなきものものものををを都禮無物乎
- 21秋秋あきののの田田たををを秋田叩2248
- 22假假かり廬廬いおつくりつくりつくり借廬作
- 23廬廬いおりしてしてして五百入爲而
- 24あるあるあるらむらむらん君君きみををを有藍君叩
- 25見見みむむむよしよしよしもがもがもがももも將見依毛欲將
- 26鶴鶴たずががが音音ねののの鶴鳴之2249
- 27聞聞きこゆるゆるゆる田田た井井いににに所聞田井爾
- 28廬廬いおしてしてして五百入爲而
- 29吾吾われ旅旅たびなりなりなりととと吾客有跡
- 30妹妹いもににに告告つげげげこそこそこそ於妹告社
- 31春春はる霞霞がすみ春霞2250
- 32たなびくたなびくたなびく田田た居居いににに多奈引田居爾
- 33廬廬いおりつきつきつきててて廬付而
- 34秋秋あき田田た苅苅かるるるまでまでまで秋田苅左右
- 35思思おもははわしむしむしむらくらくらく令思良久
- 36たちばなたちばなたちばなををを橘乎2251
- 37守部守部もりべののの里里さとののの守部乃五十戸之
- 38門門かど田田た早早わ稻稻せ門田早稻
- 39苅苅かるるる時時とき過過すぎぎぎぬぬぬ苅時過去
- 40來來こじじじとととすらしすらしすらしももも不來跡爲等霜
現代語訳
〔2244〕住吉の岸を田に開墾して蒔いた稲を、そのように刈る時になるまで、逢ってくれないあなたであることよ。
〔2245〕(劍の後)玉纏の田井で、いつまで、いとしい人に逢わないで家を恋しく思っていることだろう。
〔2246〕秋の田の稲穂の上に置いた白露のように、消え入ってしまいそうに、私は思われることだ。
〔2247〕秋の田の稲穂の向きが一方に寄っているように、片寄った思いで私は物思いをしている。相手はつれないのに。
〔2248〕秋の田に仮小屋を作り、泊まりこんでいるであろうあなたに、逢う手だてがあればよいのに。
〔2249〕鶴の声の聞こえる田に仮小屋を作って、私は旅の身でいると、いとしい人に告げておくれ。
〔2250〕春霞のたなびく田に小屋を作って住みつき、秋の田を刈るまで、私に思い続けさせることよ。
〔2251〕(たちばなを)守部の里の門田の早稲を刈る時は過ぎてしまった。あの人は来ないつもりらしい。
意訳
水田に寄せた恋の歌である。岸を開墾して蒔いた稲を刈るまでの長い間逢ってくれない人を恨み、田井で家を恋う旅の男、稲穂の露のように消え入りそうな思い、稲穂が一方に向くような片思い、田の仮小屋にいる恋人に逢いたい思い、鶴の鳴く田で旅住まいをしていると妻に伝えてほしいという願い、春から秋まで思い続けさせる人、早稲を刈る時が過ぎても来ない人を嘆く歌が並ぶ。
語釈・文法注
文法・本文
- 墾り
- 「はり」。開墾して。
- 劍の後
- 「玉纏」にかかる枕詞。
- 片より
- 一方に偏ること、片思い。
- 五百入
- 「いほり」。仮小屋に泊まること。
- たちばなを
- 「守部」にかかる枕詞か。
和歌
- 作者
- 作者未詳
- 出典
- 『万葉集』巻第十・相聞・2244〜2251番
- 歌体
- 短歌(五七五七七)
- 時期
- 作者未詳(時代を問わない)
- 状況
- 秋の相聞。水田に寄せた恋の歌。
修辞
- 序詞
- 2246番の上三句が「消」を、2247番の上二句が「片より」を導く。
解説
稲作の季節の移り変わりと恋の時間とを重ねる歌が多く、農村の生活に根ざした相聞である。
関連
出典
- 底本
- 佐佐木信綱編『新訓万葉集』上巻 岩波文庫、昭和2年(1927)、412頁(コマ210)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 原文
- 佐佐木信綱編『白文万葉集』上巻 岩波書店、昭和24年(1949)、470頁(コマ241)。万葉仮名の原文。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日