万葉集 巻第十 2239〜2243番
秋山の したびが下に
秋山の紅葉の下で鳴く鳥のように声だけでも聞けたら何を嘆こう。誰かと問うな、九月の露に濡れて君を待つ私を。秋の夜は霧が立ちこめ、ぼんやりと夢に妹の姿を見た。秋の野の尾花がなびくように心は妹に寄った。霜が降り木の葉が散り年は過ぎても忘れはしない。秋の相聞の巻頭、人麻呂歌集の歌五首。
場面イラスト(準備中)
題詞秋相聞
- 1秋秋あき山山やまののの金山2239
- 2したびしたびしたびががが下下したににに舌日下
- 3鳴鳴なくくく鳥鳥とりののの鳴鳥
- 4聲聲こえだにだにだに聞聞きかかかばばば音谷聞
- 5なになになにかかか嘆嘆なげかかかむむん何嘆
- 6誰誰たそそそ彼彼かれととと誰彼2240
- 7我我われをををななな問問とひひいそそそ我莫問
- 8九月九月ながつきののの九月
- 9露露つゆにににぬれぬれぬれつつつつつつ露沾乍
- 10君君きみ待待まつつつ吾吾われををを君待吾
- 11秋秋あきののの夜夜よははは秋夜2241
- 12霧霧きり立立たちちちわたりわたりわたり霧發渡
- 13おぼほしくおぼほしくおぼおしく凡凡
- 14夢夢いめにににぞぞぞ見見みつるつるつる夢見
- 15妹妹いもがががすがたすがたすがたををを妹形矣
- 16秋秋あきののの野野ぬののの秋野2242
- 17尾尾お花花ばなががが末末うれののの尾花末
- 18生生おひひい靡靡なびききき生靡
- 19心心こころははは妹妹いもににに心妹
- 20依依よりりりにににけるけるけるかもかもかも依鴨
- 21秋秋あき山山やまににに秋山2243
- 22霜霜しもふりふりふり覆覆おおひひい霜零覆
- 23木葉木葉このは散散ちりりり木葉落
- 24歲歲としははは行行ゆくくくともともとも歲雖行
- 25我我われ忘忘わすれれれめめめややや我忘八
現代語訳
〔2239〕秋の山の紅葉の下で鳴く鳥のように、せめて声だけでも聞けたなら、何を嘆くことがあろう。
〔2240〕誰だあれはと、私のことを問わないでください。九月の露に濡れながら、あの人を待っている私なのです。
〔2241〕秋の夜は霧が一面に立ちこめて、ぼんやりと夢に見たことだ、いとしい人の姿を。
〔2242〕秋の野の尾花の穂先が生い茂ってなびくように、心はすっかりいとしい人に寄ってしまったことだ。
〔2243〕秋の山に霜が降り覆い、木の葉が散って、年は過ぎて行っても、私が忘れることがあろうか。
意訳
秋の相聞の巻頭に置かれた人麻呂歌集の歌である。紅葉の下で鳴く鳥の声のように恋人の声だけでも聞きたいと願い、露に濡れて人を待つ姿を誰かと問わないでほしいと訴え、秋の夜霧の中で夢に恋人を見る。尾花がなびくように心が恋人に寄ったと歌い、霜が降り木の葉が散って年が過ぎても忘れはしないと誓う。
語釈・文法注
文法・本文
- したび
- 紅葉して赤く照り映えること。
- 誰そ彼
- 「たそかれ」。あれは誰かと問う語。「たそがれ」の語源とされる。
- おぼほしく
- ぼんやりと。
和歌
- 作者
- 作者未詳
- 出典
- 『万葉集』巻第十・相聞・2239〜2243番
- 歌体
- 短歌(五七五七七)
- 時期
- 第2期(672〜710年(壬申の乱〜平城京遷都))
- 状況
- 秋の相聞の歌。柿本人麻呂歌集に出る。
修辞
- 序詞
- 2239番の上三句が「聲」を、2242番の上三句が「依り」を導く。
解説
2240番の「誰そ彼」は、夕暮れ時の薄暗さを表す「たそがれ」の語のもとになった表現として知られる。
関連
出典
- 底本
- 佐佐木信綱編『新訓万葉集』上巻 岩波文庫、昭和2年(1927)、411頁(コマ209)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 原文
- 佐佐木信綱編『白文万葉集』上巻 岩波書店、昭和24年(1949)、470頁(コマ241)。万葉仮名の原文。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日