万葉集 巻第十 2234〜2238番
一日には 千重しくしくに
一日に何度も恋い慕う妹のあたりに時雨よ降れ、それを見よう。秋田を刈る旅の小屋に時雨が降り袖が濡れた、干す人もいない。いつも心にかける恋だから時雨が降っても濡れて行こう。黄葉を散らす時雨とともに夜も寒い、独り寝なので。空を飛ぶ雁の覆羽のどこから漏れて霜が降ったのか。雨と霜の歌五首、秋の雑歌の終わり。
場面イラスト(準備中)
題詞雨を詠める/霜を詠める
- 1一一ひと日日ひにににははは一日2234 雨
- 2千千ち重重へしくしくしくしくしくしくににに千重敷布
- 3我我わががが戀戀こふるふるうる我戀
- 4妹妹いもがががあたりあたりあたりににに妹當
- 5時雨時雨しぐれふれふれふれ見見みむむむ爲暮零禮見
- 6秋秋あき田田た苅苅かるるる秋田苅2235 雨
- 7旅旅たびののの廬廬いおりににに客乃廬入爾
- 8時雨時雨しぐれふりふりふり四具禮零
- 9我我わががが袖袖そでぬれぬれぬれぬぬぬ我袖沾
- 10干干ほすすす人人ひと無無なしししににに干人無二
- 11玉玉たま襷襷だすき玉手次2236 雨
- 12かけかけかけぬぬぬ時時ときなしなしなし不懸時無
- 13吾吾わががが戀戀こいははは吾戀
- 14時雨時雨しぐれししし零零ふらららばばば此具禮志零者
- 15沾沾ぬれれれつつつつつつももも行行ゆかかかむむん沾乍毛將行
- 16もみぢもみぢもみじ葉葉ばををを黃葉乎2237 雨
- 17散散ちらすらすらす時雨時雨しぐれののの令落四具禮能
- 18零零ふるるるなべなべなべににに零苗爾
- 19夜夜よさへさへさへぞぞぞ寒寒さむききき夜副衣寒
- 20一人一人ひとりししし宿宿ぬれれればばば一之宿者
- 21天天あま飛飛とぶぶぶややや天飛也2238 霜
- 22雁雁かりのののつばさつばさつばさののの鴈之翅乃
- 23覆覆おおい羽羽ばののの覆羽之
- 24何處何處いずく漏漏もりりりてててかかか何處漏香
- 25霜霜しもののの零零ふりりりけむけむけん霜之零異牟
現代語訳
〔2234〕一日のうちに幾重にもしきりに私が恋しく思ういとしい人の家のあたりに、時雨よ降れ。それを眺めよう。
〔2235〕秋の田を刈る旅の仮小屋に時雨が降って、私の袖は濡れてしまった。干してくれる人もいないのに。
〔2236〕(玉襷)心にかけない時はない私の恋なのだから、時雨が降ったら、濡れながらでも行こう。
〔2237〕黄葉を散らす時雨が降るとともに、夜までも寒いことだ。独りで寝ているので。
〔2238〕(天飛ぶや)雁の翼の覆い羽の、どこから漏れて、霜が降ったのだろうか。
意訳
雨と霜を詠んだ秋の雑歌の結びである。しきりに恋しく思う人の家のあたりに降る時雨を眺めようという人麻呂歌集の歌、旅の仮小屋で時雨に濡れた袖を干す人もいない嘆き、時雨が降っても濡れながら恋人のもとへ行こうという思い、黄葉を散らす時雨の夜の独り寝の寒さ、雁の翼の覆い羽から霜が漏れて降ったのかと想像する歌が並ぶ。
語釈・文法注
文法・本文
- しくしくに
- しきりに、絶え間なく。
- 玉襷
- 「かけ」にかかる枕詞。
- 覆羽
- 「おほひば」。鳥の翼を覆う羽。
和歌
- 作者
- 作者未詳
- 出典
- 『万葉集』巻第十・雑歌・2234〜2238番
- 歌体
- 短歌(五七五七七)
- 時期
- 作者未詳(時代を問わない)
- 状況
- 秋の雑歌。雨と霜を詠んだ歌。
修辞
- 枕詞
- 2236番の「玉襷」が「かけ」に、2238番の「天飛ぶや」が「雁」にかかる。
- 見立て
- 2238番は霜を雁の羽から漏れたものと見る。
解説
2238番の空想は、雁の飛来と霜の季節が重なることから生まれたものである。巻第十の秋の雑歌はここで終わり、秋の相聞が始まる。
関連
出典
- 底本
- 佐佐木信綱編『新訓万葉集』上巻 岩波文庫、昭和2年(1927)、411頁(コマ209)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 原文
- 佐佐木信綱編『白文万葉集』上巻 岩波書店、昭和24年(1949)、469頁(コマ240)。万葉仮名の原文。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日