万葉集 巻第十 2230〜2233番
戀ひつつも 稻葉かき別け
恋しく思いながら稲葉をかき分けた仮小屋にいると、秋の夕風はさびしくない。萩の咲く野辺でひぐらしの鳴くとともに秋風が吹く。秋山の木の葉もまだ色づかないのに今朝吹く風は霜も置きそうだ。高松の峰に笠を立てたように茸が満ちた秋の香のよさ。風と茸を詠んだ歌四首。
場面イラスト(準備中)
題詞風を詠める/芳を詠める
- 1戀戀こひひいつつつつつつももも戀乍裳2230 風
- 2稻稻いな葉葉ばかきかきかき別別わけけけ稻葉掻別
- 3家家いえ居居おれれればばば家居者
- 4乏乏ともしくしくしくもももあらあらあらずずず乏不有
- 5秋秋あきののの夕夕ゆう風風かぜ秋之暮風
- 6萩萩はぎががが花花はな芽子花2231 風
- 7咲咲さきききたるたるたる野野ぬ邊邊べににに咲有野邊
- 8ひぐらしひぐらしひぐらしののの日晩之乃
- 9鳴鳴なくくくなるなるなる共共なえににに鳴奈流共
- 10秋秋あきののの風風かぜ吹吹ふくくく秋風吹
- 11秋秋あき山山やまののの秋山之2232 風
- 12木葉木葉このはもももいまだいまだいまだ木葉文未
- 13もみぢもみぢもみじねねねばばば赤者
- 14今旦今旦けさ吹吹ふくくく風風かぜははは今旦吹風者
- 15霜霜しもももも置置おきききぬぬぬべくべくべく霜毛置應久
- 16高松高松たかまつののの高松之2233 芳
- 17このこのこの峯峯みねももも狹狹せににに此峯迫爾
- 18笠笠かさ立立たてててててて笠立而
- 19盈盈みちちち盛盛さかりりりたるたるたる盈盛有
- 20秋秋あきののの香香かののの宜宜よさささ秋香乃吉者
現代語訳
〔2230〕恋しく思いながらも、稲葉をかき分けて作った仮小屋に住んでいると、物足りなくはない、秋の夕風は。
〔2231〕萩の花の咲いている野辺に、ひぐらしの鳴くのにつれて、秋の風が吹いている。
〔2232〕秋の山の木の葉もまだ色づかないのに、今朝吹く風は、霜も置きそうなほど冷たい。
〔2233〕高松のこの峰も狭いほどに笠を立てたように、満ち盛って生えている秋の茸の香りのよさよ。
意訳
風と茸を詠んだ歌である。稲葉をかき分けた田の仮小屋で、恋しさを抱えながら秋の夕風に慰められる歌、萩の野辺でひぐらしの声とともに吹く秋風、木の葉も色づかないのに霜を思わせる今朝の冷たい風、高松の峰に笠を広げたように生える茸の香りをたたえる歌が並ぶ。
語釈・文法注
文法・本文
- 乏しくもあらず
- 物足りなくはない。
- 今旦
- 「けさ」。今朝。
- 峯も狹に
- 峰も狭いほどに。
- 秋の香
- 茸(まつたけ)の香り。
和歌
- 作者
- 作者未詳
- 出典
- 『万葉集』巻第十・雑歌・2230〜2233番
- 歌体
- 短歌(五七五七七)
- 時期
- 作者未詳(時代を問わない)
- 状況
- 秋の雑歌。風と茸を詠んだ歌。
修辞
- 見立て
- 2233番は茸のかさを笠に見立てる。
解説
2233番は茸を詠んだ唯一の歌として知られ、「芳を詠める」の題がつく。
関連
出典
- 底本
- 佐佐木信綱編『新訓万葉集』上巻 岩波文庫、昭和2年(1927)、410頁(コマ209)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 原文
- 佐佐木信綱編『白文万葉集』上巻 岩波書店、昭和24年(1949)、469頁(コマ240)。万葉仮名の原文。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日