万葉集 巻第十 2152〜2156番
秋萩の 散り過ぎぬれば
萩が散ったので牡鹿は寂しく鳴くだろう、見ないのでさびしい。萩の咲く野辺で牡鹿は露を分けて妻問いをした。どうして鹿の寂しく鳴くのか、秋野の萩が散るからか。萩の咲く野辺で鹿は散るのを惜しんで鳴いている。山陰に鳴く鹿の声を山田の番をする娘は聞いているか。鹿の鳴く声の歌五首。
場面イラスト(準備中)
題詞(鹿鳴を詠める)
- 1秋秋あき萩萩はぎののの秋芽子之2152
- 2散散ちりりり過過すぎぎぎぬれぬれぬればばば散過去者
- 3さささををお鹿鹿しかははは左小牡鹿者
- 4侘侘わび鳴鳴なきせせせむむんななな和備鳴將爲名
- 5見見みねねねばばば乏乏ともしみしみしみ不見者乏焉
- 6秋秋あき萩萩はぎののの秋芽子之2153
- 7咲咲さきききたるたるたる野野ぬ邊邊べははは咲有野邊者
- 8さささををお鹿鹿しかぞぞぞ左小牡鹿曾
- 9露露つゆををを別別わけけけつつつつつつ露乎別乍
- 10妻妻つま問問どいしししけるけるける嬬問四家類
- 11何何なぞぞぞ鹿鹿しかののの奈何牡鹿之2154
- 12侘侘わび鳴鳴なきすすすなるなるなる和備鳴爲成
- 13蓋蓋けだしくもくもくも蓋毛
- 14秋秋あき野野ぬののの萩萩はぎややや秋野之芽子也
- 15繁繁しげくくく散散ちるるるらむらむらん繁將落
- 16秋秋あき萩萩はぎののの秋芽子之2155
- 17咲咲さきききたるたるたる野野ぬ邊邊べににに開有野邊
- 18さささををお鹿鹿しかははは左牡鹿者
- 19散散ちらららまくまくまく惜惜おしみしみしみ落卷惜見
- 20鳴鳴なきききぬるぬるぬるものものものををを鳴去物乎
- 21あしひきあしひきあしひきののの足日木乃2156
- 22山山やまのののととと陰陰かげににに山之跡陰爾
- 23鳴鳴なくくく鹿鹿しかののの鳴鹿之
- 24聲聲こえ聞聞きかかかすすすやややももも聲聞爲八方
- 25山山やま田田だ守守もらすらすらす兒兒こ山田守酢兒
現代語訳
〔2152〕秋萩が散ってしまったので、牡鹿はさびしく鳴くことだろう。萩を見られないので物足りなくて。
〔2153〕秋萩の咲いている野辺では、牡鹿が露を分けながら、妻問いをしたことだ。
〔2154〕どうして鹿がさびしげに鳴くのだろう。もしかすると秋の野の萩がしきりに散っているのだろうか。
〔2155〕秋萩の咲いている野辺で、牡鹿は花の散るのを惜しんで鳴いていたのに。
〔2156〕(あしひきの)山の陰で鳴く鹿の声を、お聞きになっているだろうか、山田の番をしているあの娘は。
意訳
鹿の鳴く声の歌の結びである。萩が散って牡鹿がさびしく鳴くだろうと思いやり、萩の野辺で露を分けて妻問いする鹿、鹿のさびしい声に萩がしきりに散っているのかと推し量る歌、萩の散るのを惜しんで鳴く鹿、山陰で鳴く鹿の声を山田の番をする娘は聞いているだろうかと思いやる歌が並ぶ。
語釈・文法注
文法・本文
- 侘鳴
- 「わびなき」。さびしげに鳴くこと。
- 蓋しくも
- もしかすると。
- と陰
- 物陰、陰になった所。
- 山田守らす兒
- 山田の番をしておられる娘。
和歌
- 作者
- 作者未詳
- 出典
- 『万葉集』巻第十・雑歌・2152〜2156番
- 歌体
- 短歌(五七五七七)
- 時期
- 作者未詳(時代を問わない)
- 状況
- 秋の雑歌。鹿の鳴く声を詠んだ歌。
修辞
- 推量
- 2154番は、鹿の声から萩の散るさまを推し量る。
- 枕詞
- 2156番の「あしひきの」が「山」にかかる。
解説
萩と鹿の取り合わせは、秋の雑歌の中心的な題材である。
関連
出典
- 底本
- 佐佐木信綱編『新訓万葉集』上巻 岩波文庫、昭和2年(1927)、404頁(コマ206)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 原文
- 佐佐木信綱編『白文万葉集』上巻 岩波書店、昭和24年(1949)、461頁(コマ236)。万葉仮名の原文。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日