万葉集 巻第十 2147〜2151番
山の邊に い行く獵夫は
山辺に行く猟師は多いが、山にも野にも牡鹿が鳴く。山から来たら牡鹿の妻呼ぶ声を聞けたろうに。山辺には猟師の狙いが恐ろしいが、牡鹿は妻の目を求めて鳴く。萩の散るのを見て気がふさぎ、妻を恋うて牡鹿が鳴く。山遠い都にいるので鹿の妻呼ぶ声を聞くこともまれだ。鹿の鳴く声の歌五首。
場面イラスト(準備中)
題詞(鹿鳴を詠める)
- 1山山やまののの邊邊べににに山邊爾2147
- 2いいい行行ゆくくく獵夫獵夫さつおははは射去薩雄者
- 3多多おおかれかれかれどどど雖大有
- 4山山やまにににももも野野ぬにににももも山爾文野爾文
- 5さささををお鹿鹿しか鳴鳴なくくくももも沙小牡鹿鳴母
- 6あしひきあしひきあしひきののの足日木笑2148
- 7山山やまよりよりより來來きせせせばばば山從來世波
- 8さささををお鹿鹿しかののの左小鹿之
- 9妻妻つま呼呼よぶぶぶ聲聲こえををを妻呼音
- 10聞聞きかかかましましましものものものををを聞益物乎
- 11山山やま邊邊べにににははは山邊庭2149
- 12獵夫獵夫さつおのののねらひねらひねらい薩雄乃禰良比
- 13恐恐かしこけどけどけど恐跡
- 14牡牡お鹿鹿じか鳴鳴なくくくなりなりなり小牡鹿鳴成
- 15妻妻つまののの眼眼めををを欲欲ほりりり妻之眼乎欲焉
- 16秋秋あき萩萩はぎののの秋芽子之2150
- 17散散ちりりりぬるぬるぬる見見みれれればばば散去見
- 18おぼほしみおぼほしみおぼおしみ欝三
- 19妻妻つま戀戀ごいすらしすらしすらし妻戀爲良思
- 20さささををお鹿鹿しか鳴鳴なくくくももも棹牡鹿鳴母
- 21山山やま遠遠とおききき山遠2151
- 22京京みやこにににしししあれあれあればばば京爾之有者
- 23さささををお鹿鹿しかののの狹小牡鹿之
- 24妻妻つま呼呼よぶぶぶ聲聲こえははは妻呼音者
- 25乏乏ともしくしくしくもももあるあるあるかかか乏毛有香
現代語訳
〔2147〕山辺に出かけて行く猟師は多いけれども、山にも野にも牡鹿が鳴いていることよ。
〔2148〕(あしひきの)山を通って来たならば、牡鹿の妻を呼ぶ声を聞けただろうに。
〔2149〕山辺では猟師の狙いが恐ろしいけれど、牡鹿が鳴いている。妻の目に逢いたくて。
〔2150〕秋萩の散ったのを見ると心がふさいで、妻を恋い慕っているらしい、牡鹿が鳴いている。
〔2151〕山から遠い都に住んでいるので、牡鹿の妻を呼ぶ声は、聞くことがまれであることよ。
意訳
鹿の鳴く声の歌の続きである。猟師が多いのに山にも野にも鳴く鹿、山道を来ていれば妻を呼ぶ声を聞けたのにと惜しむ歌、猟師の狙いを恐れながらも妻に逢いたくて鳴く鹿、萩の散るのを見て気がふさぎ妻を恋う鹿、山から遠い都では鹿の声を聞くこともまれだという歌が並ぶ。
語釈・文法注
文法・本文
- 獵夫
- 「さつを」。猟師。
- ねらひ
- 獲物を狙うこと。
- 妻の眼
- 妻の目、妻に逢うこと。
- おぼほしみ
- 心が晴れないので。
和歌
- 作者
- 作者未詳
- 出典
- 『万葉集』巻第十・雑歌・2147〜2151番
- 歌体
- 短歌(五七五七七)
- 時期
- 作者未詳(時代を問わない)
- 状況
- 秋の雑歌。鹿の鳴く声を詠んだ歌。
修辞
- 枕詞
- 2148番の「あしひきの」が「山」にかかる。
解説
妻を求めて命の危険もかえりみず鳴く鹿の姿に、恋に生きる人の姿が重ねられている。
関連
出典
- 底本
- 佐佐木信綱編『新訓万葉集』上巻 岩波文庫、昭和2年(1927)、404頁(コマ206)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 原文
- 佐佐木信綱編『白文万葉集』上巻 岩波書店、昭和24年(1949)、461頁(コマ236)。万葉仮名の原文。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日