万葉集 巻第十 2136〜2140番
秋風に 山飛び越ゆる
秋風に山を越える雁の声が遠ざかる、雲に隠れたらしい。朝に行く雁の声が悲しいのは私のように物思いをしているのか。鶴の鳴く今朝、雁はどこを目指して雲に隠れるのか。夜を渡る雁は幾夜を経て自分の名を告げるのか。年が経つと、声をかけ合って夜を渡る私を問う人は誰か。雁を詠んだ歌五首。
場面イラスト(準備中)
題詞(鴈を詠める)
- 1秋秋あき風風かぜににに秋風爾2136
- 2山山やま飛飛とびびび越越こゆるゆるゆる山飛越
- 3鴈鴈かりがががねねねののの鴈鳴之
- 4聲聲こえ遠遠とおざかるざかるざかる聲遠離
- 5雲雲くも隱隱がくるるるらしらしらし雲隱良思
- 6朝朝あしたににに行行ゆくくく朝爾往2137
- 7鴈鴈かりののの鳴鳴なくくく音音ねははは鴈之鳴音者
- 8吾吾わががが如如ごとくくく如吾
- 9ものものもの念念おもへへえかもかもかも物念可毛
- 10聲聲こえののの悲悲かなしきしきしき聲之悲
- 11鶴鶴たずがががねねねののの多頭我鳴乃2138
- 12今朝今朝けさ鳴鳴なくくくなべなべなべににに今朝鳴奈倍爾
- 13鴈鴈かりがががねねねははは鴈鳴者
- 14何處何處いずく指指さしししてててかかか何處指香
- 15雲雲くも隱隱がくるるるらむらむらん雲隱良武
- 16ぬばたまぬばたまぬばたまののの野干玉之2139
- 17夜夜よ渡渡わたるるる鴈鴈かりははは夜度鴈者
- 18おぼほしくおぼほしくおぼおしく欝
- 19幾幾いく夜夜よををを經經へてててかかか幾夜乎歷而鹿
- 20己己おのががが名名なををを告告のるるる己名乎告
- 21あらたまあらたまあらたまののの璞2140
- 22年年としののの經經へ行行ゆけけけばばば年之經往者
- 23あどもふあどもふあどもうととと阿跡念登
- 24夜夜よ渡渡わたるるる吾吾われををを夜渡吾乎
- 25問問とふふう人人ひとややや誰誰たれ問人哉誰
現代語訳
〔2136〕秋風に乗って山を飛び越えて行く雁の声が遠ざかっていく。雲に隠れたらしい。
〔2137〕朝に飛んで行く雁の鳴く声は、私のように物思いをしているからだろうか、声が悲しく聞こえる。
〔2138〕鶴が今朝鳴くのにつれて、雁はどこを目指して、雲に隠れて行くのだろうか。
〔2139〕(ぬばたまの)夜空を渡る雁は、ぼんやりとして、幾夜を経て、自分の名を告げて鳴くのだろうか。
〔2140〕(あらたまの)年が経って行くので、仲間を率いようと声をかけて夜を渡る私を、問いかける人は誰か。
意訳
雁を詠んだ歌の続きである。秋風に山を越えて遠ざかる雁の声、自分と同じように物思いをしているかのような悲しい雁の声、鶴の鳴く朝に雲に消えていく雁、夜空を渡りながら「かり」と自分の名を名のって鳴く雁、年ごとに仲間を率いて夜を渡る雁の立場から、問いかける人は誰かと詠む歌が並ぶ。
語釈・文法注
文法・本文
- 朝
- 「あした」。朝。
- おぼほしく
- ぼんやりと。
- 己が名を告る
- 雁が「かり」と鳴くのを、自分の名を名のると見た。
- あどもふ
- 声をかけて率いる。
和歌
- 作者
- 作者未詳
- 出典
- 『万葉集』巻第十・雑歌・2136〜2140番
- 歌体
- 短歌(五七五七七)
- 時期
- 作者未詳(時代を問わない)
- 状況
- 秋の雑歌。雁を詠んだ歌。
修辞
- 擬人
- 2137番・2140番は雁を人のように詠む。
- 枕詞
- 2139番の「ぬばたまの」が「夜」に、2140番の「あらたまの」が「年」にかかる。
解説
雁の声を「かり」と聞き、自分の名を告げると見立てる発想は、のちの和歌にも受け継がれた。
関連
出典
- 底本
- 佐佐木信綱編『新訓万葉集』上巻 岩波文庫、昭和2年(1927)、403頁(コマ205)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 原文
- 佐佐木信綱編『白文万葉集』上巻 岩波書店、昭和24年(1949)、460頁(コマ236)。万葉仮名の原文。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日