万葉集 巻第十 2128〜2135番
秋風に 大和へ越ゆる
秋風に乗って大和へ越える雁が雲に隠れて遠ざかる。明け方の霧の中を鳴いて行く雁よ、私の恋を妹に告げよ。庭で鳴いた雁が今夜雲の上で鳴く、国へ帰るのか。鹿が妻問う月夜に雁の声が聞こえる。雁の声を聞いてから薄霜が降って寒い。稲刈りの後、雁の声が聞こえる、冬を待って。荻の葉の鳴る秋風とともに雁が渡る。難波の堀江の葦辺に雁は宿るのか。雁を詠んだ歌八首。
題詞鴈を詠める
- 1秋秋あき風風かぜににに秋風爾2128
- 2大和大和やまとへへへ越越こゆるゆるゆる山跡部越
- 3鴈鴈かりがががねねねははは鴈鳴者
- 4いやいやいや遠遠とおざかるざかるざかる射矢遠放
- 5雲雲くもがくりがくりがくりつつつつつつ雲隱筒
- 6明明あけ闇闇ぐれののの明闇之2129
- 7朝朝あさ霧霧ぎり隱隱がくりりり朝霧隱
- 8鳴鳴なきききててて行行ゆくくく鳴而去
- 9鴈鴈かりははは吾吾わががが戀戀こいををを鴈者吾戀
- 10妹妹いもににに告告つげげげこそこそこそ於妹告社
- 11吾吾わががが屋戸屋戸やどににに吾屋戸爾2130
- 12鳴鳴なきききししし鴈鴈かりがががねねね鳴之鴈哭
- 13雲雲くもののの上上うえににに雲上爾
- 14今今こ夜夜よい喧喧なくくくなりなりなり今夜喧成
- 15國國くにへへへかもかもかも行行ゆくくく國方可聞遊群
- 16さささををお鹿鹿しかののの左小牡鹿之2131
- 17妻妻つまどふどふどう時時ときににに妻問時爾
- 18月月つきをををよみよみよみ月乎吉三
- 19鴈鴈かりががが音音ね聞聞きこゆゆゆ切木四之泣所聞
- 20今今いまししし來來くらしらしらしももも今時來等霜
- 21天天あま雲雲ぐもののの天雲之2132
- 22外外よそににに鴈鴈かりがががねねね外鴈鳴
- 23聞聞ききききしししよりよりより從聞之
- 24はだれはだれはだれ霜霜しも零零ふりりり薄垂霜零
- 25寒寒さむしししこのこのこの夜夜よははは寒此夜者
- 26秋秋あきののの田田たををを秋田2133
- 27吾吾わががが刈刈かりりりばかばかばかののの吾苅婆可能
- 28過過すぎぎぎぬれぬれぬればばば過去者
- 29鴈鴈かりががが喧喧ね聞聞きこゆゆゆ鴈之喧所聞
- 30冬冬ふゆ片片かた設設まけけけててて冬方設而
- 31葦葦あし邊邊べなるなるなる葦邊在2134
- 32荻荻おぎののの葉葉はさやぎさやぎさやぎ荻之葉左夜藝
- 33秋秋あき風風かぜののの秋風之
- 34吹吹ふききき來來くるるるなべなべなべににに吹來苗丹
- 35鴈鴈かり鳴鳴なききき渡渡わたるるる鴈鳴渡
- 36押押おし照照てるるる押照2135
- 37難波難波なにわ堀江堀江ほりえののの難波穿江之
- 38葦葦あし邊邊べにににははは葦邊者
- 39鴈鴈かり宿宿ねたるたるたるかもかもかも鴈宿有疑
- 40霜霜しもののの零零ふらくらくらくににに霜乃零爾
現代語訳
〔2128〕秋風に乗って大和の方へ山を越えて行く雁は、いよいよ遠ざかって行く。雲に隠れながら。
〔2129〕夜明けの薄暗い朝霧に隠れて鳴いて行く雁よ、私の恋心をいとしい人に告げておくれ。
〔2130〕わが家の庭で鳴いた雁が、雲の上で今夜鳴いている。故郷の国へ帰って行くのだろうか。
〔2131〕牡鹿が妻問いをする時に、月がよいので、雁の声が聞こえる。今まさにやって来たらしい。
〔2132〕空の雲のかなたに雁の声を聞いてから、薄く霜が降って、寒いことだ、この夜は。
〔2133〕秋の田を私が刈る持ち分が終わったので、雁の声が聞こえる。冬を待ち受けて。
〔2134〕葦辺にある荻の葉がさやさやと鳴って、秋風が吹いて来るとともに、雁が鳴いて渡って行く。
〔2135〕(押照る)難波の堀江の葦辺には、雁が寝ているのだろうか。霜が降っているのに。
意訳
雁を詠んだ歌である。秋風に乗って雲に隠れながら大和へ渡る雁、恋心を妻に伝えてほしいと頼む雁、庭で鳴いていた雁が今夜は雲の上で鳴くのを故郷へ帰るのかと思う歌、鹿の妻問う月夜に聞こえる雁の声、雁の声とともに訪れた薄霜の夜の寒さ、稲刈りを終えて冬を待つ頃の雁、荻の葉を鳴らす秋風とともに渡る雁、霜の夜に難波の葦辺で寝る雁を思いやる歌が並ぶ。
語釈・文法注
文法・本文
- 明闇
- 「あけぐれ」。夜明け前の薄暗い時分。
- はだれ霜
- うっすらと降りた霜。
- 刈りばか
- 割り当てられた刈り取りの分。
- 冬片設けて
- 冬を待ち受けて。
- 押照る
- 「難波」にかかる枕詞。
和歌
- 作者
- 作者未詳
- 出典
- 『万葉集』巻第十・雑歌・2128〜2135番
- 歌体
- 短歌(五七五七七)
- 時期
- 作者未詳(時代を問わない)
- 状況
- 秋の雑歌。雁を詠んだ歌。
修辞
- 戯書
- 2131番の「切木四」を「かり」と訓む。
- 枕詞
- 2135番の「押照る」が「難波」にかかる。
解説
「切木四」は、算木を切って四つとする「かり」(仮)の意をとった戯書と考えられている。雁は秋に北方から渡って来る鳥として、季節の到来を告げる。
関連
出典
- 底本
- 佐佐木信綱編『新訓万葉集』上巻 岩波文庫、昭和2年(1927)、403頁(コマ205)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 原文
- 佐佐木信綱編『白文万葉集』上巻 岩波書店、昭和24年(1949)、459頁(コマ235)。万葉仮名の原文。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日