万葉集 巻第十 2119〜2124番
戀しくは 形見にせよと
恋しければ形見にせよと夫が植えた萩が咲いた。萩に恋を尽くすまいと思っても惜しい、また逢えようか。秋風が日ごとに吹いて高円の萩が散るのが惜しい。ますらおの心もなく萩の恋に難儀するのか。待っていた秋は来たが萩の花はまだ咲かない。見たくて待ち恋うた萩は枝いっぱいに花が咲いた。秋の花の歌六首。
場面イラスト(準備中)
題詞(花を詠める)
- 1戀戀こいしくしくしくははは戀之久者2119
- 2形見形見かたみにににせせせよよよととと形見爾爲與登
- 3吾吾わが背背せ子子こががが吾背子我
- 4植植うゑゑえししし秋秋あき萩萩はぎ殖之秋芽子
- 5花花はな咲咲さきききにににけりけりけり花咲爾家里
- 6秋秋あき萩萩はぎににに秋芽子2120
- 7戀戀こい盡盡つくさささじじじととと戀不盡跡
- 8念念おもへへえどもどもども雖念
- 9しゑやしゑやしえや惜惜あたらししし思惠也安多良思
- 10またまたまたももも逢逢あははわめめめやややももも又將相八方
- 11秋秋あき風風かぜははは秋風者2121
- 12日日ひににに日日けににに吹吹ふきききぬぬぬ日異吹奴
- 13高圓高圓たかまとののの高圓之
- 14野野ぬ邊邊べののの秋秋あき萩萩はぎ野邊之秋芽子
- 15散散ちらららまくまくまく惜惜をしししももも散卷惜裳
- 16丈夫丈夫ますらおののの大夫之2122
- 17心心こころははは無無なくくくててて心者無而
- 18秋秋あき萩萩はぎののの秋芽子之
- 19戀戀こいのみのみのみにににやややももも戀耳八方
- 20なづみなづみなずみてててありありありなむなむなん奈積而有南
- 21吾吾わががが待待まちちちししし吾待之2123
- 22秋秋あきははは來來きたりりりぬぬぬ秋者來奴
- 23然然しかれれれどもどもども雖然
- 24萩萩はぎががが花花はなぞぞぞももも芽子之花曾毛
- 25未未いまだだだ咲咲さかかかずずずけるけるける未開家類
- 26見見みまくまくまく欲欲ほりりり欲見2124
- 27吾吾わががが待待まちちち戀戀こひひいししし吾待戀之
- 28秋秋あき萩萩はぎははは秋芽子者
- 29枝枝えだももも繁繁しみみみみににに枝毛思美三荷
- 30花花はな咲咲さきききにににけりけりけり花開二家里
現代語訳
〔2119〕恋しい時には形見にせよと、あの人が植えた秋萩が、花を咲かせたことだ。
〔2120〕秋萩に恋の思いを尽くすまいと思うけれども、ああ惜しい。また逢えるだろうか。
〔2121〕秋風は日ごとに吹いた。高円の野辺の秋萩が散ってしまうのが惜しいことだ。
〔2122〕ますらおの雄々しい心もなくて、秋萩への恋のためにばかり、難儀しているのだろうか。
〔2123〕私の待っていた秋はやって来た。それなのに、萩の花は、まだ咲かないでいることよ。
〔2124〕見たいと思って私が待ち恋い慕っていた秋萩は、枝もいっぱいに花が咲いたことだ。
意訳
萩を詠んだ歌の続きである。恋しい時の形見にと夫が植えた萩が咲き、萩に心を尽くすまいと思ってもまた逢えるかと惜しむ。秋風に散る高円の萩を惜しみ、ますらおらしくもなく萩への恋に心を奪われる自分を省みる。待っていた秋が来てもまだ咲かない萩をもどかしく思い、待ちこがれた萩が枝いっぱいに咲いた喜びで結ぶ。
語釈・文法注
文法・本文
- 形見
- 思い出のよすが。
- しゑや
- ああ、ええい。
- 惜し
- 「あたらし」。惜しい、もったいない。
- 日に日に
- 「ひにけに」。日ごとに。
- 枝も繁みに
- 枝いっぱいに。
和歌
- 作者
- 作者未詳
- 出典
- 『万葉集』巻第十・雑歌・2119〜2124番
- 歌体
- 短歌(五七五七七)
- 時期
- 作者未詳(時代を問わない)
- 状況
- 秋の雑歌。萩を詠んだ歌。
修辞
- 擬人
- 萩を恋の相手のように詠む。
解説
萩を恋人になぞらえる歌が多く、秋の雑歌でありながら相聞的な情趣をもつ。
関連
出典
- 底本
- 佐佐木信綱編『新訓万葉集』上巻 岩波文庫、昭和2年(1927)、402頁(コマ205)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 原文
- 佐佐木信綱編『白文万葉集』上巻 岩波書店、昭和24年(1949)、458頁(コマ235)。万葉仮名の原文。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日