万葉集 巻第十 2113〜2118番
手もすまに 植ゑしも著く
手を休めずに植えた甲斐があって庭の早萩が咲いた。庭に植えた萩に誰が標を刺したのか。手に取れば袖まで匂う女郎花が白露に散るのが惜しい。白露に負けて咲いた萩よ、雨よ降るな。早稲を刈る時になったらしい、萩の花が咲く。朝霧の小野の萩は今散るのか、まだ飽きないのに。秋の花の歌六首。
場面イラスト(準備中)
題詞(花を詠める)
- 1手手てもももすますますまににに手寸十名相2113
- 2植植うゑゑえしししももも著著しるくくく殖之名知久
- 3出出いででで見見みれれればばば出見者
- 4屋前屋前にはののの早早わさ萩萩はぎ屋前之早芽子
- 5咲咲さきききにににけるけるけるかもかもかも咲爾家類香聞
- 6吾吾わががが屋外屋外やどににに吾屋外爾2114
- 7植植うゑゑえ生生おおしししたるたるたる殖生有
- 8秋秋あき萩萩はぎををを秋芽子乎
- 9誰誰たれかかか標標しめ刺刺さすすす誰標刺
- 10吾吾われににに知知しらえらえらえずずず吾爾不所知
- 11手手てににに取取とれれればばば手取者2115
- 12袖袖そでさへさへさへ匂匂におふふう袖并丹覆
- 13女郎花女郎花おみなえし美人部師
- 14このこのこの白白しら露露つゆににに此白露爾
- 15散散ちらららまくまくまく惜惜をしししももも散卷惜
- 16白白しら露露つゆににに白露爾2116
- 17爭爭あらそひひいかねかねかねててて荒爭金手
- 18咲咲さけけけるるる萩萩はぎ咲芽子
- 19散散ちらららばばば惜惜おしけしけしけむむん散惜兼
- 20雨雨あめななな零零ふりりりそそそねねね雨莫零根
- 21をとめをとめおとめ等等らににに𡢳嬬等2117
- 22行行ゆき相相あいののの早稻早稻わせををを行相乃速稻乎
- 23苅苅かるるる時時ときににに苅時
- 24成成なりりりにににけらしけらしけらしももも成來下
- 25萩萩はぎががが花花はな咲咲さくくく芽子花咲
- 26朝朝あさ霧霧ぎりののの朝霧之2118
- 27たなびくたなびくたなびく小小お野野ぬののの棚引小野之
- 28萩萩はぎががが花花はな芽子花
- 29今今いまややや散散ちるるるらむらむらん今哉散濫
- 30いまだいまだいまだ飽飽あかかかなくなくなくににに未猒爾
現代語訳
〔2113〕手を休めることもなく植えた甲斐があって、出て見ると、庭の早咲きの萩が咲いていたことだ。
〔2114〕わが家の庭に植えて育てた秋萩を、誰が標を刺して自分のものとしたのか。私に知られないで。
〔2115〕手に取ると袖までも匂い染まる女郎花が、この白露に散るのが惜しいことだ。
〔2116〕白露に逆らいきれずに咲いた萩が散ったら惜しいだろう。雨よ、降らないでおくれ。
〔2117〕(をとめ等に)行き合いの早稲を刈る時になったらしい。萩の花が咲いている。
〔2118〕朝霧のたなびく小野の萩の花は、今ごろ散っているのだろうか。まだ見飽きていないのに。
意訳
秋の花の歌の続きである。手を休めず植えた萩が咲いた喜び、自分の庭の萩に誰かが標を刺したという、恋人を奪われたことをたとえた歌、手に取ると袖まで匂う女郎花を惜しむ歌、白露に負けて咲いた萩を雨から守りたい思い、萩の花に早稲の刈り入れの季節を知る歌、朝霧の小野の萩が散るのを惜しむ歌が並ぶ。
語釈・文法注
文法・本文
- 手もすまに
- 手を休める間もなく。
- 著く
- 「しるく」。その甲斐があって、はっきりと。
- 標刺す
- 「しめさす」。自分の領有のしるしを立てる。
- 行相の早稻
- 夏と秋との行き合う頃に実る早稲。
和歌
- 作者
- 作者未詳
- 出典
- 『万葉集』巻第十・雑歌・2113〜2118番
- 歌体
- 短歌(五七五七七)
- 時期
- 作者未詳(時代を問わない)
- 状況
- 秋の雑歌。萩・女郎花を詠んだ歌。
修辞
- 譬喩
- 2114番は、萩を女性、標を刺すことを他の男が手に入れることにたとえる。
- 枕詞
- 2117番の「をとめ等に」が「行相」にかかる。
解説
女郎花は秋の七草の一つで、白文では「美人部師」「佳人部爲」などと書いて女性の美しさを連想させる。
関連
出典
- 底本
- 佐佐木信綱編『新訓万葉集』上巻 岩波文庫、昭和2年(1927)、401頁(コマ204)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 原文
- 佐佐木信綱編『白文万葉集』上巻 岩波書店、昭和24年(1949)、458頁(コマ235)。万葉仮名の原文。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日