万葉集 巻第十 2106〜2112番
沙額田の 野邊の秋萩
沙額田の野の秋萩は今盛り、折って挿そう。わざわざ衣は摺るまい、佐紀野の萩に染まっていよう。秋風よ、萩の散るのが惜しく競って咲き立つのを見よう。萩の梢が長い、秋風の吹く時に咲こうと。人は萩を秋というが私は尾花を秋と言おう。君の使いが手折ってきた萩は見飽きない。庭の萩が散らなければ待つ人に見せたい。秋の花の歌七首。
場面イラスト(準備中)
題詞(花を詠める)
- 1沙額田沙額田さぬかだののの沙額田乃2106
- 2野野ぬ邊邊べののの秋秋あき萩萩はぎ野邊乃秋芽子
- 3時時ときなれなれなればばば時有者
- 4今今いま盛盛さかりなりなりなり今盛有
- 5折折おりりりててて挿頭挿頭かざさささむむん折而將挿頭
- 6殊殊こと更更さらににに事更爾2107
- 7衣衣ころもははは摺摺すらららじじじ衣者不摺
- 8をみなへしをみなへしおみなえし佳人部爲
- 9佐紀佐紀さき野野ぬののの萩萩はぎににに咲野之芽子爾
- 10にほひにほひにおいててて居居おらららむむん丹穗日而將居
- 11秋秋あき風風かぜははは秋風者2108
- 12急急とくくくとくとくとく吹吹ふききき來來こ急々吹來
- 13萩萩はぎががが花花はな芽子花
- 14散散ちらららまくまくまく惜惜おしみしみしみ落卷惜三
- 15競競きおひひい立立たつつつ見見みむむむ競立見
- 16我我わががが屋前屋前にはののの我屋前之2109
- 17萩萩はぎののの末末うれ長長ながししし芽子之若末長
- 18秋秋あき風風かぜののの秋風之
- 19吹吹ふきききなむなむなん時時ときににに吹南時爾
- 20咲咲さかかかむむんととと思思おもひひいててて將開跡思手
- 21人人ひと皆皆みなははは人皆者2110
- 22萩萩はぎををを秋秋あきととと云云いふふう芽子乎秋云
- 23縱縱よししし吾吾われははは縱吾等者
- 24尾尾お花花ばなががが末末うれををを乎花之末乎
- 25秋秋あきとととははは言言いははわむむん秋跡者將言
- 26玉玉たま梓梓ずさののの玉梓2111
- 27君君きみががが使使つかいののの公之使乃
- 28手手た折折おりりりけるけるける手折來有
- 29このこのこの秋秋あき萩萩はぎははは此秋芽子者
- 30見見みれれれどどど飽飽あかかかぬぬぬかもかもかも雖見不飽鹿裳
- 31吾吾わががが屋前屋前にはににに吾屋前爾2112
- 32咲咲さけけけるるる秋秋あき萩萩はぎ開有秋芽子
- 33常常つねならならならばばば常有者
- 34我我わががが待待まつつつ人人ひとににに我待人爾
- 35見見みせせせましましましものものものををを令見猿物乎
現代語訳
〔2106〕沙額田の野辺の秋萩は、その時期なので、今が盛りだ。折って髪に挿そう。
〔2107〕わざわざ衣を摺り染めにはするまい。(をみなへし)佐紀野の萩の花に染まっていよう。
〔2108〕秋風よ、早く早く吹いて来い。萩の花が散るのを惜しんで、競って咲き立つさまを見よう。
〔2109〕わが家の庭の萩の梢が長く伸びた。秋風が吹くであろう時に咲こうと思って。
〔2110〕人はみな萩を秋の代表だと言う。ままよ、私は尾花の穂先こそを秋と言おう。
〔2111〕(玉梓の)あなたの使いが手折って来たこの秋萩は、見ても見飽きないことだ。
〔2112〕わが家の庭に咲いた秋萩が、散らずにいつまでもあるものなら、私が待っている人に見せたいのに。
意訳
萩を中心とした秋の花の歌の続きである。沙額田の野の盛りの萩を髪に挿そうとし、佐紀野の萩の色に衣を染めようと思う。秋風に早く吹いてほしいと願い、秋風を待って梢を伸ばす庭の萩を見つめる。人はみな萩を秋というが、自分は尾花こそが秋だと言う歌、恋人の使いが手折って届けた萩を愛でる歌、散ってしまう前に待つ人に見せたいという歌が並ぶ。
語釈・文法注
文法・本文
- 殊更に
- わざわざ。
- にほひて
- 色に染まって。
- 急くとく
- 「とくとく」。早く早く。
- 縱し
- 「よし」。ままよ、たとえ。
- 玉梓の
- 「使」にかかる枕詞。
和歌
- 作者
- 作者未詳
- 出典
- 『万葉集』巻第十・雑歌・2106〜2112番
- 歌体
- 短歌(五七五七七)
- 時期
- 作者未詳(時代を問わない)
- 状況
- 秋の雑歌。萩を詠んだ歌。
修辞
- 枕詞
- 2107番の「をみなへし」が「佐紀」に、2111番の「玉梓の」が「使」にかかる。
- 対照
- 2110番は萩と尾花を対比する。
解説
萩を秋の花の代表とする意識がすでにあったことを、2110番がよく示している。
関連
出典
- 底本
- 佐佐木信綱編『新訓万葉集』上巻 岩波文庫、昭和2年(1927)、401頁(コマ204)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 原文
- 佐佐木信綱編『白文万葉集』上巻 岩波書店、昭和24年(1949)、457頁(コマ234)。万葉仮名の原文。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日