万葉集 巻第十 2094〜2099番
さを鹿の 心相念ふ
牡鹿が心を寄せる秋萩が時雨に散るのが惜しい。夕べの野辺の萩は若く、露に枯れて秋を待ちかねる。秋風が吹くたびに阿太の大野の萩が散る。雁の来て鳴く日まで見ていたいこの萩原に雨よ降るな。鹿が毎夜妻問う萩が散るのが惜しい。白露の置くのを惜しんで萩を折ってばかりで枯らしてしまうのか。秋の萩の歌六首。
場面イラスト(準備中)
題詞花を詠める
- 1さをさをさお鹿鹿しかののの竿志鹿之2094
- 2心心こころ相相あい念念おもふふう心相念
- 3秋秋あき萩萩はぎののの秋芽子之
- 4時雨時雨しぐれののの零零ふるるるににに鍾禮零丹
- 5散散ちらくらくらくししし惜惜をしししももも落僧惜毛
- 6夕夕ゆうされされさればばば夕去2095
- 7野野ぬ邊邊べののの秋秋あき萩萩はぎ野邊秋芽子
- 8うらうらうら若若わかみみみ末若
- 9露露つゆににに枯枯かれれれつつつつつつ露枯
- 10秋秋あき待待まちちち難難がたししし金待難
- 11眞眞ま葛葛くず原原はら眞葛原2096
- 12なびくなびくなびく秋秋あき風風かぜ名引秋風
- 13吹吹ふくくくごとごとごとににに吹每
- 14阿太阿太あだののの大大おお野野ぬののの阿太乃大野之
- 15萩萩はぎががが花花はな散散ちるるる芽子花散
- 16鴈鴈かりがががねねねののの鴈鳴之2097
- 17來來き喧喧なかかかむむん日日ひまでまでまで來喧牟日及
- 18見見みつつつつつつあらあらあらむむん見乍將有
- 19このこのこの萩萩はぎ原原はらににに此芽子原爾
- 20雨雨あめななな零零ふりりりそそそねねね雨勿零根
- 21奧奧おく山山やまににに奧山爾2098
- 22住住すむむむとふとふとう鹿鹿しかののの住云男鹿之
- 23初初よ夜夜ひ去去さらららずずず初夜不去
- 24妻妻つま問問どふふう萩萩はぎののの妻問芽子之
- 25散散ちらららまくまくまく惜惜をしししももも散久惜裳
- 26白白しら露露つゆののの白露乃2099
- 27置置おかかかまくまくまく惜惜おしみしみしみ置卷惜
- 28秋秋あき萩萩はぎををを秋芽子乎
- 29折折おりりりのみのみのみ折折おりりりててて折耳折而
- 30置置おきききややや枯枯からさらさらさむむん置哉枯
現代語訳
〔2094〕牡鹿が心を通わせている秋萩が、時雨の降る中で散ってしまうのが惜しいことだ。
〔2095〕夕方になると、野辺の秋萩はまだ若いので、露に枯れながら、秋を待ちかねている。
〔2096〕真葛の原をなびかせる秋風が吹くたびに、阿太の大野の萩の花が散る。
〔2097〕雁が来て鳴く日まで眺めていよう。この萩原に、雨よ降らないでおくれ。
〔2098〕奥山に住むという鹿が、毎夜欠かさず妻問いに来る萩の、散ってしまうのが惜しい。
〔2099〕白露が置くのを惜しんで、秋萩を折ってばかりいて、折って置いたまま枯らしてしまうのだろうか。
意訳
秋の花の歌の始まりで、萩の歌が並ぶ。牡鹿が心を寄せる萩が時雨に散る惜しさ、まだ若い萩が露に枯れて秋を待ちかねるさま、秋風に散る阿太の大野の萩、雁の来る日まで萩原を見ていたいから雨よ降るなという願い、毎夜鹿が妻問いに来る萩の散る惜しさ、露に濡れるのを惜しんで折った萩を枯らしてしまうのかという心が詠まれる。
語釈・文法注
文法・本文
- さを鹿
- 牡鹿。「さ」は接頭語。
- うら若み
- 若々しいので。
- 初夜去らず
- 「よひさらず」。毎夜欠かさず。
- 置かまく惜しみ
- 露が置くのを惜しんで。
和歌
- 作者
- 作者未詳
- 出典
- 『万葉集』巻第十・雑歌・2094〜2099番
- 歌体
- 短歌(五七五七七)
- 時期
- 作者未詳(時代を問わない)
- 状況
- 秋の雑歌。萩を詠んだ歌。
修辞
- 擬人
- 鹿が萩を妻として妻問いするという見立て。
解説
萩は万葉集でもっとも多く詠まれた植物で、鹿の妻とされることが多い。白文では「芽子」と書く。
関連
出典
- 底本
- 佐佐木信綱編『新訓万葉集』上巻 岩波文庫、昭和2年(1927)、400頁(コマ204)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 原文
- 佐佐木信綱編『白文万葉集』上巻 岩波書店、昭和24年(1949)、456頁(コマ234)。万葉仮名の原文。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日