万葉集 巻第十 2075〜2080番
人さへや 見繼がずあらむ
牽牛が妻を呼ぶ舟の近づくのを、人も見続けずにいられようか。瀬が早いのか夜は更けるのに逢えない牽牛。渡し守よ早く渡せ、年に二度通う君ではないのに。絶えない仲なのに共寝は年にただ一夜。今夜だけでも乏しくしてよいものか。今夜逢えば明日からまた一年隔たる。七夕歌六首。
場面イラスト(準備中)
題詞(七夕)
- 1人人ひとさへさへさへややや人左倍也2075
- 2見見み繼繼つがががずずずあらあらあらむむん見不繼將有
- 3牽牛牽牛ひこぼしののの牽牛之
- 4嬬嬬つまよぶよぶよぶ舟舟ふねののの孋喚舟之
- 5近近ちかづきづきずき往往ゆくくくををを近附往乎
- 6天漢天漢あまのがわ天漢2076
- 7瀨瀨せををを早早はやみみみかもかもかも瀨乎早鴨
- 8ぬばたまぬばたまぬばたまののの烏珠之
- 9夜夜よははは闌闌ふけけけにににつつつつつつ夜者闌爾乍
- 10逢逢あははわぬぬぬ牽牛牽牛ひこぼし不合牽牛
- 11渡渡わたり守守もり渡守2077
- 12舟舟ふねはやはやはや渡渡わたせせせ舟早渡世
- 13一一ひと年年とせににに一年爾
- 14二二ふたたびたびたび通通かよふふう二遍往來
- 15君君きみにににあらあらあらなくなくなくににに君爾有勿久爾
- 16玉玉たま葛葛かずら玉葛2078
- 17絕絕たえええぬぬぬものものものからからから不絕物可良
- 18さささ宿宿ぬらくらくらくははは佐宿者
- 19年年としののの渡渡わたりににに年之度爾
- 20ただただただ一一ひと夜夜よのみのみのみ直一夜耳
- 21戀戀こふるふるうる日日ひははは戀日者2079
- 22日日け長長ながきききものものものををを氣長物乎
- 23今今こ夜夜よいだにだにだに今夜谷
- 24乏乏ともしむしむしむべしべしべしややや令乏應哉
- 25逢逢あふふうべきべきべきものものものををを可相物乎
- 26織女織女たなばたののの織女之2080
- 27今今こ夜夜よい逢逢あひひいなばなばなば今夜相奈婆
- 28常常つねのののごとごとごと如常
- 29明日明日あすををを隔隔へだてててててて明日乎阻而
- 30年年としははは長長ながけけけむむん年者將長
現代語訳
〔2075〕人までも見続けずにいられようか。牽牛が妻を呼ぶ舟の、近づいて行くのを。
〔2076〕天の川の瀬が早いからだろうか。(ぬばたまの)夜は更けていくのに、まだ逢えないでいる牽牛よ。
〔2077〕渡し守よ、舟を早く渡しておくれ。一年に二度も通って来るあの方ではないのだから。
〔2078〕(玉葛)絶えることのない仲だけれども、共寝をするのは、一年の渡りにただ一夜だけだ。
〔2079〕恋しく思う日々は長いのに、せめて今夜だけでも少なくしてよいものか。逢えるはずなのだから。
〔2080〕織女が今夜逢ったならば、いつものように、明日からを隔てて一年は長いことだろう。
意訳
七夕の歌の続きである。妻を呼ぶ彦星の舟が近づくのを地上の人も見守っているだろうと思い、瀬が早くて夜更けまで逢えない彦星を気づかい、年に一度しか通わない人なのだから早く渡せと渡し守に頼む。絶えない仲なのに共寝は年に一夜だけだと嘆き、せめて今夜だけは逢う時を惜しませるなと願い、今夜逢えばまた明日から長い一年が始まると思いやる。
語釈・文法注
文法・本文
- 見繼がず
- 見続けないで。
- 闌け
- 「ふけ」。更け。
- 玉葛
- 「絶えぬ」にかかる枕詞。
- 乏しむ
- 少なくする、物足りなくさせる。
和歌
- 作者
- 作者未詳
- 出典
- 『万葉集』巻第十・雑歌・2075〜2080番
- 歌体
- 短歌(五七五七七)
- 時期
- 作者未詳(時代を問わない)
- 状況
- 七夕の歌。
修辞
- 枕詞
- 2076番の「ぬばたまの」が「夜」に、2078番の「玉葛」が「絕え」にかかる。
解説
年に一度の逢瀬の短さと、その後の一年の長さとの対比が、七夕歌の大きなテーマとなっている。
関連
出典
- 底本
- 佐佐木信綱編『新訓万葉集』上巻 岩波文庫、昭和2年(1927)、398頁(コマ203)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 原文
- 佐佐木信綱編『白文万葉集』上巻 岩波書店、昭和24年(1949)、454頁(コマ233)。万葉仮名の原文。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日