万葉集 巻第十 2069〜2074番
天漢 瀨ごとに幣を
瀬ごとに幣を奉るのは君が無事に来るようにと。君を待つ夜は明けないでほしい。足を濡らして渡って来た君の手をまだ枕にしないのに夜が更ける。渡し守を呼ぶ声が届かないのか梶の音がしない。長い間川に向かって立った袖を今夜まくと思うとうれしい。瀬ごとに思いながら来た甲斐があった。七夕歌六首。
場面イラスト(準備中)
題詞(七夕)
- 1天漢天漢あまのがわ天漢2069
- 2瀨瀨せごとごとごとににに幣幣ぬさををを瀨每幣
- 3奉奉まつるるる奉
- 4こころこころこころははは君君きみををを情者君乎
- 5幸幸さきくくく來來きませませませととと幸來座跡
- 6ひさかたひさかたひさかたののの久方之2070
- 7天天あまののの河河かわ津津つににに天河津爾
- 8舟舟ふね泛泛うけけけててて舟泛而
- 9君君きみ待待まつつつ夜夜よらららははは君待夜等者
- 10明明あけけけずずずもももあらあらあらぬぬぬかかか不明毛有寐鹿
- 11天天あまののの河河かは天河2071
- 12足足あし沾沾ぬれれれ渡渡わたりりり足沾渡
- 13君君きみががが手手てももも君之手毛
- 14いまだいまだいまだ枕枕まかかかねねねばばば未枕者
- 15夜夜よののの深深ふけけけぬぬぬらくらくらく夜之深去良久
- 16渡渡わたり守守もり渡守2072
- 17船船ふねわたせわたせわたせをををととと船度世乎跡
- 18呼呼よぶぶぶ聲聲こえののの呼音之
- 19至至いたらららねねねばばばかもかもかも不至者疑
- 20梶梶かじののの聲聲とのののせせせぬぬぬ梶聲之不爲
- 21ままま日日け長長ながくくく眞氣長2073
- 22河河かはににに向向むききき立立たちちち河向立
- 23在在ありりりししし袖袖そで有之袖
- 24今今こ夜夜よい纒纒まかかかむむんととと今夜卷跡
- 25念念おもはくはくわくがががよさよさよさ念之吉沙
- 26天漢天漢あまのがわ天漢2074
- 27渡渡わたり瀨瀨せごとごとごとににに渡湍每
- 28思思おもひひいつつつつつつ思乍
- 29來來こしししくくくもももしるししるししるし來之雲知師
- 30逢逢あへへえらくらくらく念念おもへへえばばば逢有久念者
現代語訳
〔2069〕天の川の瀬ごとに幣を奉る心は、あなたが無事に来てくださるようにとの願いからです。
〔2070〕(ひさかたの)天の川の舟着き場に舟を浮かべて、あなたを待つこの夜は、明けないでいてくれないものか。
〔2071〕天の川を足を濡らして渡って来たあなたの手も、まだ枕にしていないのに、夜が更けてしまったことだ。
〔2072〕渡し守よ、船を渡してくれと呼ぶ声が届かないからだろうか、梶の音がしない。
〔2073〕長い間、川に向かって立っていた袖を、今夜は交わして共寝しようと思うと、うれしいことだ。
〔2074〕天の川の渡り瀬ごとに思いながらやって来た甲斐があった。こうして逢えたことを思うと。
意訳
七夕の歌の続きである。彦星の無事を祈って瀬ごとに幣を手向ける織女、舟着き場で待つ夜が明けないでほしいという願い、足を濡らして来た彦星の手を枕にする前に夜が更けてしまう焦り、渡し守を呼んでも梶の音がしない不安、長く川辺に立ち続けた袖を今夜は交わせる喜び、瀬ごとに思いを重ねて来た甲斐があったという彦星の感慨が詠まれる。
語釈・文法注
文法・本文
- 幣
- 「ぬさ」。神に手向ける供え物。
- 明けずもあらぬか
- 明けないでいてくれないものか。
- 渡守
- 「わたりもり」。渡し守。
- 念はくがよさ
- 思うことのうれしさよ。
- しるし
- その甲斐がある。
和歌
- 作者
- 作者未詳
- 出典
- 『万葉集』巻第十・雑歌・2069〜2074番
- 歌体
- 短歌(五七五七七)
- 時期
- 作者未詳(時代を問わない)
- 状況
- 七夕の歌。
修辞
- 枕詞
- 2070番の「ひさかたの」が「天」にかかる。
解説
旅人が渡り瀬や峠で幣を手向けて無事を祈る地上の習わしが、天の川にも重ねられている。
関連
出典
- 底本
- 佐佐木信綱編『新訓万葉集』上巻 岩波文庫、昭和2年(1927)、398頁(コマ203)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 原文
- 佐佐木信綱編『白文万葉集』上巻 岩波書店、昭和24年(1949)、453頁(コマ232)。万葉仮名の原文。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日