万葉集 巻第十 2063〜2068番
天漢 霧立ち上る
天の川に立ちのぼる霧は織女の雲の衣のひるがえる袖か。昔から織ってきた機で今夕衣を縫って君を待つ。足玉も手玉も鳴らして織った布を君の衣に縫い上げられるか。月日を選んで逢ったので別れが惜しい、明日もいてほしい。深い渡り瀬を舟で漕いで来る君の梶の音が聞こえる。霧が立ち渡る、君は来たらしい。七夕歌六首。
場面イラスト(準備中)
題詞(七夕)
- 1天漢天漢あまのがわ天漢2063
- 2霧霧きり立立たちちち上上のぼるるる霧立上
- 3棚機棚機たなばたののの棚幡乃
- 4雲雲くもののの衣衣ころもののの雲衣能
- 5飄飄かえるるる袖袖そでかもかもかも飄袖鴨
- 6いにしへいにしへいにしえににに古2064
- 7織織おりりりてててししし機機はたををを織義之八多乎
- 8このこのこの暮暮ゆうべ此暮
- 9衣衣ころもににに縫縫ぬひひいててて衣縫而
- 10君君きみ待待まつつつ吾吾われををを君待吾乎
- 11足足あし玉玉だまももも足玉母2065
- 12手手た珠珠だまももも玲瓏玲瓏ゆらににに手珠毛由良爾
- 13織織おるるる機機はたををを織旗乎
- 14君君きみががが御御み衣衣けしににに公之御衣爾
- 15縫縫ぬひひい堪堪あへへえむむんかもかもかも縫將堪可聞
- 16月月つき日日ひ擇擇えりりり擇月日2066
- 17逢逢あひひいてててしししあれあれあればばば逢義之有者
- 18別別わかれののの別乃
- 19惜惜おしかるしかるしかる君君きみははは惜有君者
- 20明日明日あすさへさへさへもがもがもがももも明日副裳欲得
- 21天漢天漢あまのがわ天漢2067
- 22渡渡わたり瀨瀨ぜふかみふかみふかみ渡瀨深彌
- 23船船ふね泛泛うけけけててて泛船而
- 24榜榜こぎぎぎ來來くるるる君君きみががが掉來君之
- 25梶梶かじののの音音と聞聞きこゆゆゆ檝之音所聞
- 26天天あまののの原原はら天原2068
- 27ふりふりふり放放さけけけ見見みれれればばば振放見者
- 28天漢天漢あまのがわ天漢
- 29霧霧きり立立たちちち渡渡わたるるる霧立渡
- 30君君きみははは來來きぬぬぬらしらしらし公者來良志
現代語訳
〔2063〕天の川に霧が立ちのぼっている。織女の雲の衣の、ひるがえる袖だろうか。
〔2064〕昔から織ってきた機の布を、この夕べに衣に縫い上げて、あなたを待つ私なのです。
〔2065〕足の玉も手の玉もゆらゆらと鳴らしながら織る布を、あなたのお召し物に縫い上げられるだろうか。
〔2066〕月日を選んで逢ったのだから、別れが惜しいあなたは、明日もいてくれたらよいのに。
〔2067〕天の川の渡り瀬が深いので、船を浮かべて漕いで来るあなたの、梶の音が聞こえる。
〔2068〕天の原を振り仰いで見ると、天の川に霧が立ちこめている。あの方はやって来たらしい。
意訳
七夕の歌の続きである。天の川に立つ霧を織女の雲の衣の袖に見立て、昔から織ってきた布で衣を縫って彦星を待つ織女、足玉手玉を鳴らして織った布で夫の衣を縫えるだろうかと案じる心、選んだ日に逢えたのだから明日もいてほしいという願い、深い瀬を漕いで来る梶の音や立ちこめる霧に彦星の到来を知る喜びが詠まれる。
語釈・文法注
文法・本文
- 飄る
- 「かへる」。ひるがえる。
- 足玉・手珠
- 足や手につけた玉の飾り。
- 玲瓏に
- 「ゆらに」。玉が触れ合って鳴る音。
- 御衣
- 「みけし」。お召し物。
和歌
- 作者
- 作者未詳
- 出典
- 『万葉集』巻第十・雑歌・2063〜2068番
- 歌体
- 短歌(五七五七七)
- 時期
- 作者未詳(時代を問わない)
- 状況
- 七夕の歌。
修辞
- 見立て
- 2063番は霧を織女の衣の袖に見立てる。
解説
織女が彦星のために衣を縫うのは、地上の妻が夫の衣を用意する習わしを天上に移したものである。
関連
出典
- 底本
- 佐佐木信綱編『新訓万葉集』上巻 岩波文庫、昭和2年(1927)、397頁(コマ202)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 原文
- 佐佐木信綱編『白文万葉集』上巻 岩波書店、昭和24年(1949)、453頁(コマ232)。万葉仮名の原文。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日