万葉集 巻第十 2048〜2055番
天漢 川門に立ちて
川門に立って恋した君が来るらしい、紐を解いて待とう。川門に座って年月恋い続けた君に今夜逢えた。明日からは独り寝か。天の原で白檀弓を引いて隠す月人壮士。今夕の雨は彦星の舟の櫂のしぶきか。八十瀬に霧が立ち、彦星の舟が漕ぎ出すらしい。引き舟でも渡って来て。遠い渡りではないのに舟出は年に一度。七夕歌八首。
場面イラスト(準備中)
題詞(七夕)
- 1天漢天漢あまのがわ天漢2048
- 2川川かは門門とににに立立たちちちててて川門立
- 3吾吾わががが戀戀こひひいししし吾戀之
- 4君君きみ來來きますますますなりなりなり君來奈里
- 5紐紐ひも解解とききき待待またたたむむん紐解待
- 6天漢天漢あまのがわ天漢2049
- 7川川かは門門とににに坐坐おりりりててて川門座而
- 8年年とし月月つきををを年月
- 9戀戀こひひい來來こししし君君きみににに戀來君
- 10今今こ夜夜よい逢逢あへへえるるるかもかもかも今夜會可母
- 11明日明日あすよりよりよりははは明日從者2050
- 12吾吾わががが玉玉たま床床どこををを吾玉床乎
- 13うちうちうち拂拂はらひひい打拂
- 14君君きみととと宿宿いねねねずずずててて公常不宿
- 15獨獨ひとりかもかもかも寐寐ねむむむ孤可母寐
- 16天天あまののの原原はら天原2051
- 17往往ゆきききててて射射いるるるととと往射跡
- 18白白しら檀檀ま弓弓ゆみ白檀
- 19ひきひきひきててて隱隱かくせせせるるる挽而隱在
- 20月月つき人人ひと壯子壯子おとこ月人壯子
- 21このこのこのゆふべゆふべゆうべ此夕2052
- 22零零ふりりり來來くるるる雨雨あめははは零來雨者
- 23彥星彥星ひこぼしののの男星之
- 24早早はや榜榜こぐぐぐ船船ふねののの早榜船之
- 25櫂櫂かいののの散散ちりりりかもかもかも賀伊乃散鴨
- 26天漢天漢あまのがわ天漢2053
- 27八十八十やそ瀨瀨せ霧霧きりりり合合あふふう八十瀨霧合
- 28彥星彥星ひこぼしののの男星之
- 29時時とき待待まつつつ船船ふねははは時待船
- 30今今いまししし榜榜こぐぐぐらしらしらし今榜良之
- 31風風かぜ吹吹ふきききててて風吹而2054
- 32河河かわ浪浪なみ立立たちちちぬぬぬ河浪起
- 33引引ひき船船ふねににに引船丹
- 34渡渡わたりりりももも來來きませませませ度裳來
- 35夜夜よののの更更ふけけけぬぬぬ間間まににに夜不降間爾
- 36天天あまののの河河かは天河2055
- 37遠遠とおききき渡渡わたりははは遠渡者
- 38無無なけれけれけれどもどもども無友
- 39君君きみががが舟舟ふな出出でははは公之舟出者
- 40年年としにににこそこそこそ待待まててて年爾社候
現代語訳
〔2048〕天の川の渡り場に立って、私が恋い慕っていたあの方がおいでになるようだ。紐を解いて待とう。
〔2049〕天の川の渡り場に座って、長い年月恋い続けてきたあなたに、今夜逢えたことだ。
〔2050〕明日からは、私の美しい床を払い清めて、あなたと寝ることもなく、独りで寝るのだろうか。
〔2051〕天の原に行って射ようとして、白木の檀の弓を引きしぼって隠れている月人壮士よ。
〔2052〕この夕べに降ってくる雨は、彦星が急いで漕ぐ船の櫂から散るしぶきだろうか。
〔2053〕天の川の多くの瀬に霧が立ちこめている。彦星の、時を待っていた船は、今まさに漕ぎ出すらしい。
〔2054〕風が吹いて川波が立った。引き舟ででも渡って来てください。夜が更けないうちに。
〔2055〕天の川には遠い渡りはないけれども、あなたの舟出は、一年に一度だけ待つのです。
意訳
七夕の歌の続きである。渡り場に立って紐を解き、彦星を待つ織女、年月恋い続けた人に今夜逢えた喜び、明日からまた独り寝となる嘆き、弓を引くように細い月を月人壮士に見立てた歌、夕べの雨を彦星の櫂のしぶきかと思う歌、霧の中で舟出の時を迎える彦星、波が立つなら引き舟ででも来てと願う織女、近いのに一年に一度しか舟出しない人を待つ嘆きが並ぶ。
語釈・文法注
文法・本文
- 川門
- 「かはと」。川の渡り場。
- 玉床
- 美しい寝床。
- 白檀弓
- 「しらまゆみ」。白木の檀で作った弓。
- 散り
- 櫂から散るしぶき。
- 引船
- 綱で引いて進める舟。
和歌
- 作者
- 作者未詳
- 出典
- 『万葉集』巻第十・雑歌・2048〜2055番
- 歌体
- 短歌(五七五七七)
- 時期
- 作者未詳(時代を問わない)
- 状況
- 七夕の歌。
修辞
- 見立て
- 2051番は弓張月を月人壮士の引く弓に、2052番は雨を櫂のしぶきに見立てる。
解説
七夕の雨を、彦星の舟のしぶきや別れの涙とする発想は後世まで受け継がれた。
関連
出典
- 底本
- 佐佐木信綱編『新訓万葉集』上巻 岩波文庫、昭和2年(1927)、396頁(コマ202)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 原文
- 佐佐木信綱編『白文万葉集』上巻 岩波書店、昭和24年(1949)、451頁(コマ231)。万葉仮名の原文。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日