万葉集 巻第十 2034〜2040番
棚機の 五百機立てて
織女が多くの機を立てて織る布の秋の衣を誰が手に取るのか。一年待って今夜こそ遠妻の手を枕にするだろう。待った秋が来たのにどうして紐を解かずにいよう。一年の恋を今夜尽くしても明日からはまた恋い続けるのか。逢わない日は長いのに天の川を隔ててまた恋うのか。逢える夕べさえ君は来ないのか。牽牛と織女が逢う今夜は、川門に波よ立つな。七夕歌七首。
場面イラスト(準備中)
題詞(七夕)
- 1棚機棚機たなばたののの棚機之2034
- 2五百五百いお機機はた立立たてててててて五百機立而
- 3織織おるるる布布ぬのののの織布之
- 4秋秋あきさりさりさり衣衣ごろも秋去衣
- 5誰誰たれかかか取取とりりり見見みむむむ孰取見
- 6年年としにににありありありててて年有而2035
- 7今今いまかかか纒纒まくくくらむらむらん今香將卷
- 8ぬばたまぬばたまぬばたまののの烏玉之
- 9夜夜よ霧霧ぎり隱隱がくりりりににに夜霧隱
- 10遠遠とお妻妻づまののの手手てををを遠妻手乎
- 11吾吾わががが待待まちちちししし吾待之2036
- 12秋秋あきははは來來きたりりりぬぬぬ秋者來沼
- 13妹妹いもととと吾吾われ妹與吾
- 14何事何事なにごとあれあれあれぞぞぞ何事在曾
- 15紐紐ひも解解とかかかざらざらざらむむん紐不解在牟
- 16年年としののの戀戀こい年之戀2037
- 17今今こ夜夜よい盡盡つくしししててて今夜盡而
- 18明日明日あすよりよりよりははは明日從者
- 19常常つねののの如如ごとくくくややや如常哉
- 20吾吾わががが戀戀こひひい居居おらららむむん吾戀居牟
- 21逢逢あははわなくなくなくははは不合者2038
- 22日日け長長ながきききものものものををを氣長物乎
- 23天漢天漢あまのがわ天漢
- 24隔隔へだててててててまたまたまたややや隔又哉
- 25吾吾わががが戀戀こひひい居居おらららむむん吾戀將居
- 26戀戀こいしけくしけくしけく戀家口2039
- 27日日け長長ながきききものものものををを氣長物乎
- 28逢逢あふふうべかるべかるべかる可合有
- 29夕夕よいだにだにだに君君きみががが夕谷君之
- 30來來きまさまさまさざるざるざるらむらむらん不來益有良武
- 31牽牛牽牛ひこぼしととと牽牛2040
- 32織女織女たなばたつめととと與織女
- 33今今こ夜夜よい逢逢あふふう今夜相
- 34天漢天漢あまのかわ門門とににに天漢門爾
- 35波波なみ立立たつつつなななゆめゆめゆめ波立勿謹
現代語訳
〔2034〕織女がたくさんの機を立てて織る布の、秋になって着る衣は、誰が手に取って見るのだろうか。
〔2035〕一年を過ごして、今ごろ枕にしているだろうか。(ぬばたまの)夜霧に隠れて、遠く離れた妻の手を。
〔2036〕私の待っていた秋はやって来た。妻と私とは、どんな事情があって紐を解かずにいるだろうか。
〔2037〕一年分の恋を今夜尽くしてしまって、明日からはいつものように、私は恋い続けるのだろうか。
〔2038〕逢わない日々は長いのに、天の川を隔てて、また私は恋い続けるのだろうか。
〔2039〕恋しく思う日々は長いのに、逢えるはずの今夜さえ、あの方はどうしておいでにならないのだろう。
〔2040〕牽牛と織女とが今夜逢う天の川の渡り場に、波よ決して立たないでおくれ。
意訳
七夕の夜を中心に詠んだ歌が並ぶ。たくさんの機で織った秋の衣を誰に着せるのかと思う歌、一年待ってようやく遠妻と共寝するであろう彦星、待ちに待った秋が来た喜び、一年分の恋を今夜尽くしてもまた明日から恋い続ける嘆き、逢える夜にさえ来ない人を待つ織女、二人の逢う夜に川波よ立つなと願う歌がある。
語釈・文法注
文法・本文
- 棚機
- 「たなばた」。機(はた)、またそれを織る女性。
- 秋さり衣
- 秋になって着る衣。
- 日長き
- 「けながき」。日数が長い。
- 天漢門
- 「あまのかはと」。天の川の渡り場。
和歌
- 作者
- 作者未詳
- 出典
- 『万葉集』巻第十・雑歌・2034〜2040番
- 歌体
- 短歌(五七五七七)
- 時期
- 作者未詳(時代を問わない)
- 状況
- 七夕の歌。
修辞
- 枕詞
- 2035番の「ぬばたまの」が「夜」にかかる。
解説
七夕の夜の逢瀬と、翌日からまた始まる一年の別れとが対照的に詠まれている。
関連
出典
- 底本
- 佐佐木信綱編『新訓万葉集』上巻 岩波文庫、昭和2年(1927)、395頁(コマ201)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 原文
- 佐佐木信綱編『白文万葉集』上巻 岩波書店、昭和24年(1949)、450頁(コマ231)。万葉仮名の原文。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日