万葉集 巻第十 2029〜2033番
天漢 楫の音聞ゆ
天の川に梶の音が聞こえる、彦星と織女が今夜逢うらしい。秋になると川に霧が立ち、川に向かって恋う夜が多い。直接でなくても、ぬえ鳥のように嘆いていると告げてくれる人がほしい。一年に七夕だけ逢う人の恋も尽きないのに夜は更けていく。天の安の河原で定まって、神の競いは時を待たない。人麻呂歌集の七夕歌の終わり五首。
場面イラスト(準備中)
題詞(七夕)
- 1天漢天漢あまのがわ天漢2029
- 2楫楫かじののの音音と聞聞きこゆゆゆ梶音聞
- 3彥星彥星ひこぼしととと孫星
- 4織女織女たなばたつめととと與織女
- 5今今こ夕夕よい逢逢あふふうらしらしらしももも今夕相霜
- 6秋秋あきされされさればばば秋去者2030
- 7河河かはぞぞぞ霧霧きらららへへへるるる河霧
- 8天天あまののの川川かは天川
- 9河河かはににに向向むかひひい居居いててて河向居而
- 10戀戀こふるふるうる夜夜よ多多おおししし戀夜多
- 11よしゑやしよしゑやしよしえやし吉哉2031
- 12直直ただならならならずずずともともとも雖不直
- 13ぬえぬえぬえ鳥鳥どりののの奴延鳥
- 14うらうらうら嘆嘆なげげげ居居おりりりととと浦嘆居
- 15告告つげげげむむん子子こもがもがもがももも告子鴨
- 16一一ひと年年とせににに一年邇2032
- 17七夕七夕なぬかのよのみのみのみ七夕耳
- 18逢逢あふふう人人ひとののの相人之
- 19戀戀こいももも過過すぎぎぎねねねばばば戀毛不過者
- 20夜夜よはははふけふけふけゆくゆくゆくももも夜深往久毛
- 21天漢天漢あまのがわ天漢2033
- 22安安やすののの川川かわ原原らににに安川原
- 23定定さだまりまりまりててて定而
- 24神神こころ競競くらべははは神競者
- 25時時とき待待またたたなくなくなくににに磨待無
現代語訳
〔2029〕天の川に梶の音が聞こえる。彦星と織女とが、今夜逢うらしい。
〔2030〕秋になると川に霧が立ちこめている。天の川の川に向かい合っていて、恋い慕う夜が多い。
〔2031〕ええままよ、直接でなくてもよい。(ぬえ鳥の)心の中で嘆いていると、告げてくれる子がいればよいのに。
〔2032〕一年のうちで七日の夜だけ逢う人の恋も、まだ尽きないのに、夜は更けていくことよ。
〔2033〕天の川の安の河原で決まったことで、心の張り合いは時を待たないのに。
意訳
人麻呂歌集の七夕歌の結びの五首である。梶の音に今夜の逢瀬を知り、霧の立つ天の川に向かって恋い慕う夜を重ねる。直接でなくても思いを伝えてくれる人がほしいと願い、年に一夜だけの逢瀬なのに恋も尽きぬまま夜が更けると嘆く。最後の歌は、天の安の河原で神々が定めたことで、思いの張り合いは時を待ってはくれないと詠む。
語釈・文法注
文法・本文
- 霧らへる
- 「きらへる」。霧が立ちこめている。
- よしゑやし
- ええままよ。
- 七夕
- 「なぬかのよ」。七月七日の夜。
- 神競
- 「こころくらべ」。心の張り合い。訓には諸説がある。
和歌
- 作者
- 作者未詳
- 出典
- 『万葉集』巻第十・雑歌・2029〜2033番
- 歌体
- 短歌(五七五七七)
- 時期
- 第2期(672〜710年(壬申の乱〜平城京遷都))
- 状況
- 七夕の歌。柿本人麻呂歌集に出る。2033番は庚辰の年(天武9年・680年)の作という。
修辞
- 枕詞
- 2031番の「ぬえ鳥の」が「うら嘆」にかかる。
解説
2033番の左注の「庚辰の年」は天武天皇9年(680)とされ、人麻呂歌集の歌の年代を示す数少ない手がかりとして重視されている。
関連
出典
- 底本
- 佐佐木信綱編『新訓万葉集』上巻 岩波文庫、昭和2年(1927)、395頁(コマ201)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 原文
- 佐佐木信綱編『白文万葉集』上巻 岩波書店、昭和24年(1949)、450頁(コマ231)。万葉仮名の原文。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日