万葉集 巻第十 2018〜2023番
天漢 去歲の渡で
去年の渡り場が移ったので、河瀬を探して踏むうちに夜が更けた。昔から機を織るのも顧みず、天の川の津で年を経た。夜が明けても逢おうと思う夜、袖を交わさずにいられようか。遠妻と手枕を交わす夜は鶏よ鳴くな。逢う時は飽き足らないのに夜が明けた、船出しよう妻よ。共寝し始めて間もないのに帯を乞うてよいものか。七夕歌六首。
場面イラスト(準備中)
題詞(七夕)
- 1天漢天漢あまのがわ天漢2018
- 2去歲去歲こぞののの渡渡わたりででで去歲渡代
- 3遷遷うつろへろへろえばばば遷閉者
- 4河河かわ瀨瀨せををを蹈蹈ふむむむににに河瀨於蹈
- 5夜夜よぞぞぞ深深ふけけけにににけるけるける夜深去來
- 6古古いにしえよよよ自古2019
- 7擧擧あげげげてててししし機機はたももも擧而之服
- 8顧顧かえりみみみずずず不顧
- 9天天あまののの河河かわ津津つににに天河津爾
- 10年年としぞぞぞ經經へにににけるけるける年序經去來
- 11天漢天漢あまのがわ天漢2020
- 12夜夜よ船船ふねををを榜榜こぎぎぎててて夜船榜而
- 13明明あけけけぬぬぬともともとも雖明
- 14逢逢あははわむむんととと念念おもふふう夜夜よ將相等念夜
- 15袖袖そで交交かへへへずずずあれあれあれややや袖易受將有
- 16遠遠とお妻妻づまととと遙嫫等2021
- 17手手た枕枕まくら交交かへへへててて手枕易
- 18寐寐ねたるたるたる夜夜よははは寐夜
- 19鷄鷄とりががが音音ねななな動動とよみみみ雞音莫動
- 20明明あけけけははは明明あくくくともともとも明者雖明
- 21相相あい見見みらくらくらく相見久2022
- 22飽飽あききき足足たらららねねねどもどもども猒雖不足
- 23いなのめいなのめいなのめののの稻目
- 24明明あけけけ行行ゆきききにににけりけりけり明去來理
- 25船船ふな出出でせせせむむん孋孋つま舟出爲牟孋
- 26さささ宿宿ねそめそめそめててて左尼始而2023
- 27幾何幾何いくだもももあらあらあらねねねばばば何太毛不在者
- 28白白しろ妙妙たえののの白栲
- 29帶帶おび乞乞こふふうべしべしべしややや帶可乞哉
- 30戀戀こいもももすぎすぎすぎねねねばばば戀毛不過者
現代語訳
〔2018〕天の川の去年の渡り場が移ってしまったので、河瀬を探して踏み渡っているうちに、夜が更けてしまった。
〔2019〕昔から織りかけてきた機も顧みずに、天の川の船着き場で、年を過ごしてしまったことだ。
〔2020〕天の川に夜船を漕いで行って、夜が明けてしまっても逢おうと思う夜に、袖を交わさずにいられようか。
〔2021〕遠く離れた妻と手枕を交わして寝る夜は、鶏よ鳴き騒がないでおくれ。夜が明けるなら明けても。
〔2022〕逢っている時は満ち足りないのに、(いなのめの)夜が明けてしまった。船出しよう、妻よ。
〔2023〕共寝をし始めてまだいくらも経っていないのに、白い帯を返してくれと言ってよいものか。恋心もまだ過ぎ去っていないのに。
意訳
七夕の歌の続きである。去年の渡り場が変わって浅瀬を探すうちに夜が更けてしまった彦星、機を織るのも忘れて船着き場で一年待ち続けた織女、明けても逢おうと袖を交わす夜、鶏よ鳴くなと願う共寝の夜、満ち足りないまま明けてしまった別れの朝、まだ共寝し始めたばかりなのに帯を返せと言えようかという惜別の思いが詠まれている。
語釈・文法注
文法・本文
- 渡で
- 「わたりで」。渡り場。
- 擧げてし機
- 織りかけていた機。
- いなのめの
- 「明け」にかかる枕詞。
- 帶乞ふ
- 別れの際に交換した帯を返すよう求める。
和歌
- 作者
- 作者未詳
- 出典
- 『万葉集』巻第十・雑歌・2018〜2023番
- 歌体
- 短歌(五七五七七)
- 時期
- 第2期(672〜710年(壬申の乱〜平城京遷都))
- 状況
- 七夕の歌。柿本人麻呂歌集に出る。
修辞
- 枕詞
- 2022番の「いなのめの」が「明け」にかかる。
解説
共寝の夜が明ける別れのつらさを詠むのは、地上の恋歌の後朝(きぬぎぬ)の歌と同じ趣である。
関連
出典
- 底本
- 佐佐木信綱編『新訓万葉集』上巻 岩波文庫、昭和2年(1927)、394頁(コマ201)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 原文
- 佐佐木信綱編『白文万葉集』上巻 岩波書店、昭和24年(1949)、448頁(コマ230)。万葉仮名の原文。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日