万葉集 巻第十 2004〜2011番
己が夫 乏しむ子等は
逢いがたい夫を待つ織女は、荒磯を枕に寝て待ちかねているだろう。天地の別れた時からの妻を手にする秋を待つ。嘆く妻に告げに来た彦星を見るとつらい。水のない川で隔てた神代が恨めしい。夜霧に隠れても妹の伝言を早く告げよ。袖を振るのが見えた、雲に隠れるまで。夕星も通う天の道で月人壮士はいつまで待つのか。言葉だけでも告げよう。七夕歌八首。
場面イラスト(準備中)
題詞(七夕)
- 1己己おのががが夫夫つま己孋2004
- 2乏乏ともしむしむしむ子子こ等等らははは乏子等者
- 3泊泊はてててむむん津津つののの竟津
- 4荒荒あり磯磯そ枕枕まきききててて荒礒卷而
- 5寢寢ねむむむ君君きみ待待まちちち難難がてににに寐君待難
- 6天天あめ地地つちととと天地等2005
- 7別別わかれれれししし時時ときゆゆゆ別之時從
- 8おのおのおのががが嬬嬬つま自孋
- 9然然しかぞぞぞ手手てににに在在あるるる然叙手而在
- 10秋秋あき待待まつつつ吾吾われははは金待吾者
- 11彥星彥星ひこぼしははは彥星2006
- 12嘆嘆なげかすかすかす嬬嬬つまににに嘆須孋
- 13言言ことだにだにだにももも事谷毛
- 14告告のりりりにににぞぞぞ來來きつるつるつる告爾叙來鶴
- 15見見みれれればばば苦苦くるしみしみしみ見者苦彌
- 16ひさかたひさかたひさかたののの久方2007
- 17天天あまつつつ印印しるしととと天印等
- 18水水みな無無し河河がわ水無河
- 19隔隔へだてててててて置置おきききししし隔而置之
- 20神神かみ代代よししし恨恨うらめしめしめし神世之恨
- 21ぬばたまぬばたまぬばたまののの黑玉2008
- 22夜夜よ霧霧ぎり隱隱がくりりりててて宵霧隱
- 23遠遠とおくくくともともとも遠鞆
- 24妹妹いもががが傳傳つて言言ごと妹傳
- 25早早はやくくく告告つげげげこせこせこせ速告與
- 26汝汝なががが戀戀こふるふるうる汝戀2009
- 27妹妹いもののの命命みことははは妹命者
- 28飽飽あききき足足たりりりににに飽足爾
- 29袖袖そで振振ふるるる見見みえええつつつ袖振所見都
- 30雲雲くも隱隱がくるるるまでまでまで及雲隱
- 31夕夕ゆう星星づつももも夕星毛2010
- 32通通かよふふう天天あま道道じををを往來天道
- 33何時何時いつまでまでまでかかか及何時鹿
- 34仰仰あおぎぎぎててて待待またたたむむん仰而將待
- 35月月つき人人ひと壯子壯子おとこ月人壯
- 36天漢天漢あまのがわ天漢2011
- 37いいい向向むかひひい立立たちちちててて已向立而
- 38戀戀こふるふるうるとととににに戀等爾
- 39言言ことだにだにだに告告つげげげむむん事谷將告
- 40孋孋つま問問とふふうまでまでまでははは孋言及者
現代語訳
〔2004〕自分の夫に逢うことのまれな織女は、舟が泊まるであろう津の荒磯を枕にして寝ていて、あなたを待ちかねているだろう。
〔2005〕天と地が分かれた時から、自分の妻として、こうして手に入れる秋を待っているのだ、私は。
〔2006〕彦星は、嘆いておられる妻に、せめて言葉だけでも告げにやって来た。見るとつらそうで。
〔2007〕(ひさかたの)天のしるしとして、水のない川を隔てとして置いた神代が恨めしい。
〔2008〕(ぬばたまの)夜霧に隠れて遠くても、いとしい人の伝言を早く告げておくれ。
〔2009〕おまえが恋しく思う妹君は、満ち足りて袖を振るのが見えた。雲に隠れるまで。
〔2010〕宵の明星も通う天の道を、いつまで仰ぎ見て待つのだろうか、月人壮士は。
〔2011〕天の川に向かい合って立って恋い慕っている間に、言葉だけでも告げよう。妻問いをするまでは。
意訳
七夕歌の続きである。荒磯を枕に夫を待ちかねる織女、天地開闢の昔から妻を手にする秋を待つ彦星、嘆く妻に言葉だけでも告げに来た彦星のつらさ、天の川という水のない川で二人を隔てた神代を恨む心、夜霧の向こうから妹の伝言を待つ思い、雲に隠れるまで袖を振る織女、月人壮士(月)も二人の逢瀬を待ち望むさまが詠まれている。
語釈・文法注
文法・本文
- 己が夫乏しむ
- 自分の夫に逢うことが少ない。
- 然ぞ手に在る
- そのように手に入れる。
- 天つ印
- 天上のしるし、境界。
- 夕星
- 「ゆふづつ」。宵の明星、金星。
- 月人壯子
- 月を擬人化した呼び名。
和歌
- 作者
- 作者未詳
- 出典
- 『万葉集』巻第十・雑歌・2004〜2011番
- 歌体
- 短歌(五七五七七)
- 時期
- 第2期(672〜710年(壬申の乱〜平城京遷都))
- 状況
- 七夕の歌。柿本人麻呂歌集に出る。
修辞
- 枕詞
- 「ひさかたの」が「天」に、「ぬばたまの」が「夜」にかかる。
- 擬人
- 2010番は月を「月人壯子」と呼ぶ。
解説
天の川を「水無河」と呼ぶのは、空にある川ゆえの言い方である。
関連
出典
- 底本
- 佐佐木信綱編『新訓万葉集』上巻 岩波文庫、昭和2年(1927)、393頁(コマ200)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 原文
- 佐佐木信綱編『白文万葉集』上巻 岩波書店、昭和24年(1949)、447頁(コマ229)。万葉仮名の原文。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日