万葉集 巻第十 1996〜2003番
天漢 水障へて照る
天の川に舟を漕ぐ彦星は妻に見えただろうか。織女はうらやましく嘆いている。恋を知る妻のもとへ行く船は素通りできまい。人妻ゆえ恋してしまいそうだ。安の渡に船を浮かべて秋を待つと告げよ。大空を通う私も汝ゆえ難儀して来た。神代から乏しい妻だと人も知った。今夕も天の河原で石枕をするだろうか。秋の雑歌の巻頭、人麻呂歌集の七夕歌八首。
題詞秋雜歌 七夕
- 1天漢天漢あまのがわ天漢1996
- 2水水さ障障さへへえててて照照てるるる水左閉而照
- 3舟舟ふな競競ぎおひひい舟竟
- 4舟舟ふねこぐこぐこぐ人人ひとははは舟人
- 5妹妹いもとととみえみえみえきききややや妹等所見寸哉
- 6ひさかたひさかたひさかたののの久方之1997
- 7天漢天漢あまのかわ原原らににに天漢原丹
- 8ぬえぬえぬえ鳥鳥どりののの奴延鳥之
- 9うらうらうら歎歎なげましつましつましつ裏歎座津
- 10羨羨ともしきしきしきまでまでまでににに乏諸手丹
- 11吾吾わががが戀戀こいををを吾戀1998
- 12嬬嬬つまははは知知しれれれるるるををを嬬者知遠
- 13行行ゆくくく船船ふねののの往船乃
- 14過過すぎぎぎててて來來くべしべしべしややや過而應來哉
- 15事事ことももも告告つげげげなむなむなん事毛告火
- 16朱朱あからららひくひくひく朱羅引1999
- 17敷妙敷妙しきたえののの子子こををを色妙子
- 18屢屢しば見見みれれればばば數見者
- 19人人ひと妻妻ずまゆゑゆゑゆえににに人妻故
- 20吾吾われ戀戀こひひいぬぬぬべしべしべし吾可戀奴
- 21天漢天漢あまのがわ天漢2000
- 22安安やすののの渡渡わたりににに安渡丹
- 23船船ふね浮浮うけけけててて船浮而
- 24秋秋あき立立たつつつ待待まつつつととと秋立待等
- 25妹妹いもににに告告つげげげこそこそこそ妹告乞其
- 26蒼天蒼天おおぞらゆゆゆ從蒼天2001
- 27通通かよふふう吾吾われすらすらすら往來吾等須良
- 28汝汝ながががゆゑゆゑゆえににに汝故
- 29天漢天漢あまのがわ路路じををを天漢道
- 30なづみなづみなずみてててぞぞぞ來來こししし名積而叙來
- 31八千戈八千戈やちほこののの八千戈2002
- 32神神かみののの御御み世世よよりよりより神自御世
- 33乏乏ともししし孋孋ずま乏孋
- 34人人ひと知知しりりりにににけりけりけり人知爾來
- 35繼繼つぎぎぎてててししし思思おもへへえばばば告思者
- 36吾吾わががが戀戀こふるふるうる吾等戀2003
- 37丹丹にのののほほほののの面面おもわわわ丹穗面
- 38今今こ夕夕よいもももかかか今夕母可
- 39天漢天漢あまのかわ原原らににに天漢原
- 40石石いわ枕枕まくら纒纒まくくく石枕卷
現代語訳
〔1996〕天の川の水をせきとめて照る舟、その舟を競って漕ぐ人(彦星)は、妻の目にとまっただろうか。
〔1997〕(ひさかたの)天の河原で、(ぬえ鳥の)心の中で嘆いておられた。うらやましく思われるほどに。
〔1998〕私の恋を妻は知っているのに、行く船が素通りして来てよいものか。せめて言葉だけでも告げてほしい。
〔1999〕(朱らひく)美しい子をしばしば見ると、人妻であるのに、私は恋してしまいそうだ。
〔2000〕天の川の安の渡に船を浮かべて、秋の来るのを待っていると、いとしい人に告げてほしい。
〔2001〕大空を行き来する私でさえ、おまえのために、天の川の道を難儀しながらやって来たのだ。
〔2002〕八千戈の神の御代から、逢うことのまれな妻だと人は知ってしまった。ずっと思い続けているので。
〔2003〕私が恋しく思う、赤みのさした顔の人は、今夜も天の河原で石を枕にして寝るのだろうか。
意訳
秋の雑歌は人麻呂歌集の七夕歌で始まる。天の川を漕ぎ渡る彦星の舟、それを見て嘆く人々、素通りせず言葉をかけてほしいと願う織女、人妻と知りつつ心ひかれる男の歌、秋を待って船を浮かべる彦星、大空を通う身でも難儀して来たと語る彦星、神代から逢いがたい妻だと知られた二人、石を枕に河原で待つ織女を思う歌が並ぶ。
語釈・文法注
文法・本文
- 水障へて
- 「みさへて」。水をせきとめて。
- 乏し
- 「ともし」。うらやましい、まれである。
- 朱らひく
- 赤みを帯びた。
- 八千戈の神
- 大国主命の別名。
- 丹のほの面わ
- 赤く美しい顔。
和歌
- 作者
- 作者未詳
- 出典
- 『万葉集』巻第十・雑歌・1996〜2003番
- 歌体
- 短歌(五七五七七)
- 時期
- 第2期(672〜710年(壬申の乱〜平城京遷都))
- 状況
- 七夕を詠んだ秋の雑歌。柿本人麻呂歌集に出る。
修辞
- 枕詞
- 「ひさかたの」が「天」に、「ぬえ鳥の」が「うら歎」にかかる。
解説
巻第十の七夕歌は九十八首に及び、万葉集でもっとも大きな七夕歌の群である。七夕の伝説は中国から伝わり、日本では彦星が織女のもとへ通う形で詠まれた。
関連
出典
- 底本
- 佐佐木信綱編『新訓万葉集』上巻 岩波文庫、昭和2年(1927)、393頁(コマ200)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 原文
- 佐佐木信綱編『白文万葉集』上巻 岩波書店、昭和24年(1949)、446頁(コマ229)。万葉仮名の原文。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日