万葉集 巻第十 1987〜1992番
片搓りに 絲をぞ吾が搓る
あなたの花橘を緒に貫こうと片撚りの糸を撚る。鶯の通う垣根の卯の花のように、いやなことがあったのかあなたが来ない。咲くこともない人に片思いを続けるのか。私は憎くても庭の花橘は見に来ないのか。ほととぎすの鳴く岡の藤を見には来ないのか。隠れて恋うのは苦しい、なでしこの花に咲き出よ、毎朝見よう。花に寄せた恋の歌六首。
場面イラスト(準備中)
題詞花に寄す
- 1片片かた搓搓よりりりににに片搓爾1987
- 2絲絲いとをををぞぞぞ吾吾わががが搓搓よるるる絲叩曾吾搓
- 3吾吾わが背背せ子子こががが吾背兒之
- 4花花はな橘橘たちばなををを花橘乎
- 5貫貫ぬかかかむむんととと思思もひひいててて將貫跡母日手
- 6鶯鶯うぐいすののの鶯之1988
- 7通通かよふふう垣垣かき根根ねののの徃來垣根乃
- 8卯卯うののの花花はなののの宇能花之
- 9厭厭うききき事事ことあれあれあれややや厭事有哉
- 10君君きみががが來來きまさまさまさぬぬぬ君之不來座
- 11卯卯うののの花花はなののの宇能花之1989
- 12咲咲さくくくとととははは無無なしししににに開登波無二
- 13あるあるある人人ひとににに有人爾
- 14戀戀こひひいややや渡渡わたらららむむん戀也將渡
- 15獨獨かた念念もいにににしてしてして獨念爾指天
- 16吾吾われこそこそこそははは吾社葉1990
- 17憎憎にくくくくもももあらあらあらめめめ憎毛有目
- 18吾吾わががが屋前屋前にはののの吾屋前之
- 19花花はな橘橘たちばなををを花橘乎
- 20見見みにににははは來來こじじじとととややや見爾波不來鳥屋
- 21ほととぎすほととぎすほととぎす霍公鳥1991
- 22來來き鳴鳴なききき響響とよもすもすもす來鳴動
- 23岡岡おか邊邊べなるなるなる崗部有
- 24藤藤ふじ浪浪なみ見見みにににははは藤浪見者
- 25君君きみははは來來こじじじとととややや君者不來登夜
- 26隱隱こもりりりのみのみのみ隱耳1992
- 27戀戀こふれふれうればばば苦苦くるししし戀者苦
- 28瞿麥瞿麥なでしこののの瞿麥之
- 29花花はなににに咲咲さききき出出でよよよ花爾開出與
- 30朝且朝且あさなさな見見みむむむ朝旦將見
現代語訳
〔1987〕片撚りに、糸を私は撚っている。あなたの家の花橘を、緒に貫こうと思って。
〔1988〕鶯の通う垣根の卯の花のように、いやなことでもあったのか、あなたがおいでにならない。
〔1989〕卯の花が咲くように心を開くこともない人に、恋い続けるのだろうか、片思いのままで。
〔1990〕私のことは憎いのでしょうけれど、わが家の庭の花橘をも、見には来ないというのですか。
〔1991〕ほととぎすが来て鳴き響かせる岡のほとりの藤の花を、見にあなたは来ないというのですか。
〔1992〕人目を忍んでばかり恋していると苦しい。なでしこの花となって咲き出ておくれ。毎朝見よう。
意訳
花に寄せた恋の歌である。恋人の家の花橘を緒に貫こうと糸を撚り、垣根の卯の花の「う」から「憂き事」を導いて来ない人を恨む。心を開かない人への片思いを嘆き、私は憎くても花橘や藤の花は見に来ないのかと、来ない恋人をなじる。人目を忍ぶ恋は苦しいから、なでしこの花となって咲き出てほしい、毎朝見ようと願う。
語釈・文法注
文法・本文
- 片搓り
- 「かたより」。片方だけに撚りをかけた糸。
- 厭き事
- 「うきこと」。つらいこと、いやなこと。
- 獨念
- 「かたもひ」。片思い。
- 朝且
- 「あさなさな」。毎朝。
和歌
- 作者
- 作者未詳
- 出典
- 『万葉集』巻第十・相聞・1987〜1992番
- 歌体
- 短歌(五七五七七)
- 時期
- 作者未詳(時代を問わない)
- 状況
- 夏の相聞。花に寄せた恋の歌。
修辞
- 序詞
- 1988番の「鶯の通ふ垣根の卯の花の」が「厭き」を、1989番の「卯の花の」が「咲く」を導く。
解説
女性が恋人の訪れを待つ歌が多く、花を口実に来訪を促している。
関連
出典
- 底本
- 佐佐木信綱編『新訓万葉集』上巻 岩波文庫、昭和2年(1927)、392頁(コマ200)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 原文
- 佐佐木信綱編『白文万葉集』上巻 岩波書店、昭和24年(1949)、446頁(コマ229)。万葉仮名の原文。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日