万葉集 巻第十 1966〜1971番
風に散る 花橘を
風に散る花橘を袖に受けて君の形見と偲んだ。かぐわしい花橘を玉に貫いて贈ろうとする妹はやつれているだろうか。ほととぎすが鳴き響かせる橘の花散る庭を誰が見るのか。庭の花橘は散ったのに悔しい時に君が来た。向かいの野辺のなでしこを雨よ散らすな。雨の晴れ間に国見をしたいのに、ふるさとの花橘は散っただろうか。夏の花の歌六首。
場面イラスト(準備中)
題詞花を詠める
- 1風風かぜににに散散ちるるる風散1966
- 2花花はな橘橘たちばなををを花橘叩
- 3袖袖そでににに受受うけけけててて袖受而
- 4君君きみががが御御み跡跡あとととと爲君御跡
- 5思思しのびびびつるつるつるかもかもかも思鶴鴨
- 6かぐはしきかぐはしきかぐわしき香細寸1967
- 7花花はな橘橘たちばなををを花橘乎
- 8玉玉たまににに貫貫ぬききき玉貫
- 9送送おくらららむむん妹妹いもははは將送妹者
- 10羸羸みつれれれてててもももあるあるあるかかか三禮而毛有香
- 11ほととぎすほととぎすほととぎす霍公鳥1968
- 12來來き鳴鳴なきききとよもすとよもすとよもす來鳴響
- 13橘橘たちばなののの橘之
- 14花花はな散散ちるるる庭庭にはををを花散庭乎
- 15見見みむむむ人人ひとややや誰誰たれ將見人八孰
- 16吾吾わががが屋前屋前にはののの吾屋前之1969
- 17花花はな橘橘たちばなははは花橘者
- 18散散ちりりりにににけりけりけり落爾家里
- 19悔悔くやしきしきしき時時ときににに悔時爾
- 20逢逢あへへえるるる君君きみかもかもかも相在君鴨
- 21見見み渡渡わたせせせばばば見渡者1970
- 22向向むかひひいののの野野ぬ邊邊べののの向野邊乃
- 23石竹石竹なでしこののの石竹之
- 24散散ちらららまくまくまく惜惜をしししももも落卷惜毛
- 25雨雨あめななな零零ふりりりそそそねねね雨莫零行年
- 26雨雨あま間間ま開開あけけけててて雨間開而1971
- 27國國くに見見みもももせせせむむんををを國見毛將爲乎
- 28故郷故郷ふるさとののの故郷之
- 29花花はな橘橘たちばなははは花橘者
- 30散散ちりりりにににけむけむけんかもかもかも散家牟可聞
現代語訳
〔1966〕風に散る花橘を袖に受けて、あなたの形見だと思って偲んだことだ。
〔1967〕かぐわしい花橘を玉として緒に貫いて、贈ろうとしているいとしい人は、恋にやつれているだろうか。
〔1968〕ほととぎすが来て鳴き響かせる橘の花の散る庭を、見に来る人は誰だろうか。
〔1969〕わが家の庭の花橘は散ってしまった。悔しい時にやって来たあなたであることよ。
〔1970〕見渡すと、向かいの野辺のなでしこの散るのが惜しい。雨よ、降らないでおくれ。
〔1971〕雨の晴れ間を待って国見もしようと思うのに、ふるさとの花橘はもう散ってしまっただろうか。
意訳
夏の花を詠んだ歌である。風に散る花橘を袖に受けて恋人を偲び、花橘を玉に貫いて贈ろうとする恋人がやつれていないかと気づかう。ほととぎすの鳴く橘の庭を誰と見ようかと思い、花が散った後に来た人を残念に思う。雨に散るなでしこを惜しみ、雨の晴れ間に国見をしたいのに、ふるさとの花橘はもう散っただろうかと案じる。
語釈・文法注
文法・本文
- 御跡
- 「みあと」。形見、ゆかり。
- 羸れて
- 「みつれて」。やつれて。
- 雨間
- 「あまま」。雨の晴れ間。
- 國見
- 高い所から国土を見渡すこと。
和歌
- 作者
- 作者未詳
- 出典
- 『万葉集』巻第十・雑歌・1966〜1971番
- 歌体
- 短歌(五七五七七)
- 時期
- 作者未詳(時代を問わない)
- 状況
- 夏の花を詠んだ歌。
修辞
- 呼びかけ
- 1970番の「雨な零りそね」。
解説
花橘は初夏に白い花を咲かせ、香りの高さから恋人や昔をしのぶよすがとされた。
関連
出典
- 底本
- 佐佐木信綱編『新訓万葉集』上巻 岩波文庫、昭和2年(1927)、390頁(コマ199)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 原文
- 佐佐木信綱編『白文万葉集』上巻 岩波書店、昭和24年(1949)、443頁(コマ227)。万葉仮名の原文。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日