万葉集 巻第十 1964〜1965番
默然も あらむ時も
黙っていてほしい時にも鳴いてほしいのに、ひぐらしは物思いをする時にばかり鳴いてやるせない。いとしい子の衣を摺るのに色を染めておくれ、島の榛原よ、秋になっていなくても。蝉と榛の歌。
場面イラスト(準備中)
題詞蟬を詠める/榛を詠める
現代語訳
〔1964〕黙っていてほしい時にこそ鳴いてくれればよいのに。ひぐらしは、物思いをしている時に鳴いて、むやみにつらくさせる。
〔1965〕いとしい子の衣を摺り染めにするために、色づいておくれ、島の榛の原よ。まだ秋にならなくても。
意訳
ひぐらしの声は、物思いをしている時に限って聞こえてきて、いっそう心をかき乱す。どうでもよい時に鳴けばよいのにと嘆く歌である。もう一首は、恋人の衣を摺り染めにするために、秋を待たずに榛の原が色づいてほしいと願う歌である。
語釈・文法注
文法・本文
- 默然
- 「もだ」。黙っていること、何もしないでいること。
- もとな
- むやみに、わけもなく。
- 匂ひこせ
- 色づいておくれ。
- 榛
- 「はり」。はんのき。樹皮や実を染料にした。
和歌
- 作者
- 作者未詳
- 出典
- 『万葉集』巻第十・雑歌・1964〜1965番
- 歌体
- 短歌(五七五七七)
- 時期
- 作者未詳(時代を問わない)
- 状況
- 蝉と榛を詠んだ夏の歌。
修辞
- 願望
- 1965番の「匂ひこせ」。
解説
榛の実や樹皮は黒褐色の染料となり、衣を摺り染めにするのに用いられた。
関連
出典
- 底本
- 佐佐木信綱編『新訓万葉集』上巻 岩波文庫、昭和2年(1927)、390頁(コマ199)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 原文
- 佐佐木信綱編『白文万葉集』上巻 岩波書店、昭和24年(1949)、443頁(コマ227)。万葉仮名の原文。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日