万葉集 巻第十 1952〜1957番
今夜の おぼつかなきに
今夜のおぼろな闇に鳴くほととぎすの声の遠さ。五月山の卯の花月夜に鳴くほととぎすは聞いても飽きない。来て鳴いてくれ、庭の花橘が地に落ちるのを見よう。ほととぎすは厭う時がない、菖蒲をかずらにする日にここを鳴き渡れ。大和でも鳴くのか、おまえが鳴くたびに亡き人が思われる。卯の花の散るのを惜しんで野山を鳴く。ほととぎすの歌六首。
場面イラスト(準備中)
題詞(鳥を詠める)
- 1今今こ夜夜よいののの今夜乃1952
- 2おぼつかなきおぼつかなきおぼつかなきににに於保束無荷
- 3霍公鳥霍公鳥ほととぎす霍公鳥
- 4喧喧なくくくなるなるなる聲聲こえののの喧奈流聲之
- 5音音おとののの遙遙はるけさけさけさ音乃遙左
- 6五月五月さつき山山やま五月山1953
- 7卯卯うののの花花はな月月づく夜夜よ宇能花月夜
- 8ほととぎすほととぎすほととぎす霍公鳥
- 9聞聞きけけけどもどもども飽飽あかかかずずず雖聞不飽
- 10またまたまた鳴鳴なかかかぬぬぬかもかもかも又鳴鴨
- 11ほととぎすほととぎすほととぎす霍公鳥1954
- 12來來き居居いももも鳴鳴なかかかぬぬぬかかか來居裳鳴香
- 13吾吾わががが屋前屋前にはののの吾屋前乃
- 14花花はな橘橘たちばなののの花橘乃
- 15地地つちににに落落おちちちむむん見見みむむむ地二落六見牟
- 16ほととぎすほととぎすほととぎす霍公鳥1955
- 17厭厭いとふふう時時とき無無なししし厭時無
- 18菖蒲菖蒲あやめぐさ菖蒲
- 19蘰蘰かずらにににせせせむむん日日ひ蘰將爲日
- 20此此こゆゆゆ鳴鳴なききき渡渡わたれれれ從此鳴度禮
- 21大和大和やまとにににははは山跡庭1956
- 22啼啼なきききてててかかか來來くらむらむらむ啼而香將來
- 23霍公鳥霍公鳥ほととぎす霍公鳥
- 24汝汝なががが鳴鳴なくくく每每ごとににに汝鳴每
- 25亡亡なききき人人ひと念念おもほゆほゆおゆ無人所念
- 26卯卯うののの花花はなののの宇能花乃1957
- 27散散ちらららまくまくまく惜惜おしみしみしみ散卷惜
- 28霍公鳥霍公鳥ほととぎす霍公鳥
- 29野野ぬににに出出いで山山やまににに入入いりりり野出山入
- 30來來き鳴鳴なききき響響とよもすもすもす來鳴令動
現代語訳
〔1952〕今夜の、ぼんやりとして心もとない闇の中に、ほととぎすの鳴いている声の、なんと遠く聞こえることよ。
〔1953〕五月の山の卯の花に照る月夜に鳴くほととぎすは、聞いても聞き飽きない。また鳴いてくれないものか。
〔1954〕ほととぎすよ、来てとまって鳴いてくれないか。わが家の庭の花橘が地に散り落ちるのを見よう。
〔1955〕ほととぎすの声は、いやだと思う時がない。菖蒲をかずらにする日には、ここを鳴いて渡っておくれ。
〔1956〕大和でも鳴いて来ているのだろうか、ほととぎすよ。おまえが鳴くたびに、亡くなった人が思われる。
〔1957〕卯の花の散るのを惜しんで、ほととぎすが野に出たり山に入ったりして、来て鳴き響かせている。
意訳
ほととぎすの歌の続きである。おぼろな夜の闇に遠く聞こえるほととぎすの声、卯の花を照らす五月の月夜に聞き飽きない声、庭に来て鳴いて花橘を散らしてほしいという願い、菖蒲をかずらにする端午の日にこそ鳴いてほしいという思いが詠まれる。ほととぎすの声に亡き人を思い出す歌、卯の花の散るのを惜しんで野山を飛び回るほととぎすの歌もある。
語釈・文法注
文法・本文
- おぼつかなき
- ぼんやりとして、はっきりしない。
- 卯の花月夜
- 卯の花の咲くころの月夜。
- 菖蒲
- 「あやめぐさ」。しょうぶ。五月五日にかずらにした。
和歌
- 作者
- 作者未詳
- 出典
- 『万葉集』巻第十・雑歌・1952〜1957番
- 歌体
- 短歌(五七五七七)
- 時期
- 作者未詳(時代を問わない)
- 状況
- ほととぎすを詠んだ歌。
修辞
- 呼びかけ
- 1954番・1955番は、ほととぎすに呼びかける。
解説
ほととぎすは死者の国と行き来する鳥とも考えられ、1956番のように亡き人を思わせる声として詠まれることがある。
関連
出典
- 底本
- 佐佐木信綱編『新訓万葉集』上巻 岩波文庫、昭和2年(1927)、389頁(コマ198)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 原文
- 佐佐木信綱編『白文万葉集』上巻 岩波書店、昭和24年(1949)、442頁(コマ227)。万葉仮名の原文。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日