万葉集 巻第十 1932〜1936番
春雨の 止まず零り零り
春雨がやまずに降って、恋しい人に逢わせてくれない。妹を恋うていると、春雨もそれを知るように降り続ける。思ってくれない妹のために長い春の日を思い暮らすのか。春に真っ先に鳴く鶯のように、先に言葉をかけたあなたを待とう。思ってくれない子のために長い春の日を思い暮らす。春の相聞歌五首。
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題詞(問答)
- 1春春はる雨雨さめののの春雨之1932
- 2止止やまままずずず零零ふりりり零零ふりりり不止零零
- 3吾吾わががが戀戀こふるふるうる吾戀
- 4人人ひとののの目目めすらすらすらををを人之目尙矣
- 5相相あい見見みせせせなくなくなくににに不令相見
- 6吾吾わぎ妹妹も子子こににに吾妹子爾1933
- 7戀戀こひひいつつつつつつ居居おれれればばば戀乍居者
- 8春春はる雨雨さめののの春雨之
- 9彼彼それももも知知しるるる如如ごとくくく彼毛知如
- 10止止やまままずずず零零ふりりりつつつつつつ不止零乍
- 11相相あい念念おもははわぬぬぬ相不念1934
- 12妹妹いもをををやややもとなもとなもとな妹哉本名
- 13菅菅すがののの根根ねののの菅根之
- 14長長ながききき春春はる日日ひををを長春日乎
- 15おもひおもひおもい暮暮くらさらさらさむむん念晩牟
- 16春春はるされされさればばば春去者1935
- 17先先まづづず鳴鳴なくくく鳥鳥とりののの先鳴鳥乃
- 18鶯鶯うぐいすののの鶯之
- 19言言こと先先さき立立だちちちししし事先立之
- 20君君きみをををししし待待またたたむむん君乎之將待
- 21相相あい念念おもははわずずず相不念1936
- 22あるあるあるらむらむらん兒兒こゆゑゆゑゆえ將有兒故
- 23玉玉たまののの緒緒をののの玉緒
- 24長長ながききき春春はる日日ひををを長春日乎
- 25念念おもひひい暮暮くらさくらさくらさく念晩久
現代語訳
〔1932〕春雨がやまずに降り続けて、私が恋しく思う人の顔さえも見せてくれないことだ。
〔1933〕いとしい人を恋しく思っていると、春雨もそれを知っているかのように、やまずに降り続けている。
〔1934〕思ってくれない人のために、むやみに、(菅の根の)長い春の日を思い暮らすのだろうか。
〔1935〕春になると真っ先に鳴く鳥の鶯のように、先に言葉をかけてくれたあなたを待とう。
〔1936〕私を思ってもいないであろう子のために、(玉の緒の)長い春の日を思い暮らすことよ。
意訳
春の相聞の終わりの歌である。降りやまない春雨が恋人に逢うのを妨げると嘆き、恋しく思う心を知っているかのように降り続く春雨を詠み、思ってくれない人のために長い春の日を思い暮らすむなしさを歌う。鶯が春に真っ先に鳴くように、先に言葉をかけてくれた人を待とうと誓う歌もある。
語釈・文法注
文法・本文
- 零り零り
- 降りに降って。
- もとな
- むやみに、わけもなく。
- 言先立ちし
- 先に言葉をかけた、先に求婚した。
- 玉の緒の
- 「長き」にかかる枕詞。
和歌
- 作者
- 作者未詳
- 出典
- 『万葉集』巻第十・相聞・1932〜1936番
- 歌体
- 短歌(五七五七七)
- 時期
- 作者未詳(時代を問わない)
- 状況
- 春の相聞の歌。
修辞
- 序詞
- 1935番の「春されば先づ鳴く鳥の鶯の」が「言先立ち」を導く。
- 枕詞
- 「菅の根の」「玉の緒の」が「長き」にかかる。
解説
「長き春日」は、恋に悩む人にとって暮らしがたい時として、春相聞にくり返し現れる。
関連
出典
- 底本
- 佐佐木信綱編『新訓万葉集』上巻 岩波文庫、昭和2年(1927)、387頁(コマ197)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 原文
- 佐佐木信綱編『白文万葉集』上巻 岩波書店、昭和24年(1949)、439頁(コマ225)。万葉仮名の原文。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日