万葉集 巻第十 1919〜1923番
國栖等が 春菜採むらむ
国栖の人が春菜を摘む司馬の野のように、しばしばあなたを思う。春草のように繁る恋は大海に寄る波のように千重に積もった。ぼんやり逢っただけで長い春の日を恋い続ける。梅が散ったら妻が来るか来ないかと待つ私の松の木。春山を行く雲のように別れて行くのか。草・松・雲に寄せた恋の歌五首。
場面イラスト(準備中)
題詞草に寄す/松に寄す/雲に寄す
- 1國栖國栖くにす等等らががが國栖等之1919 草
- 2春春はる菜菜な採採つむむむらむらむらん春菜將採
- 3司馬司馬しまののの野野ぬののの司馬乃野之
- 4しましましましましましま君君きみををを數君麻
- 5思思おもふふうこのこのこの頃頃ごろ思比日
- 6春春はる草草くさののの春草之1920 草
- 7繁繁しげききき吾吾わががが戀戀こい繁吾戀
- 8大大おお海海うみののの大海
- 9方方へにににゆくゆくゆく浪浪なみののの方往浪之
- 10千千ち重重へににに積積つもりりりぬぬぬ千重積
- 11おぼほしくおぼほしくおぼおしく不明1921 草
- 12君君きみををを相相あい見見みててて公乎相見而
- 13菅菅すがののの根根ねののの菅根乃
- 14長長ながききき春春はる日日ひををを長春日乎
- 15戀戀こひひいわたるわたるわたるかもかもかも孤悲渡鴨
- 16梅梅うめののの花花はな梅花1922 松
- 17咲咲さきききててて散散ちりりりなばなばなば咲而落去者
- 18吾吾わぎ妹妹も子子こををを吾妹乎
- 19來來こむむむかかか來來こじじじかかかととと將來香不來香跡
- 20吾吾わががが松松まつののの木木きぞぞぞ吾待乃木曾
- 21白白しら檀檀ま弓弓ゆみ白檀弓1923 雲
- 22いまいまいま春春はる山山やまににに今春山爾
- 23行行ゆくくく雲雲くもののの去雲之
- 24行行ゆきききややや別別わかれれれむむん逝哉將別
- 25戀戀こいしきしきしきものものものををを戀敷物乎
現代語訳
〔1919〕国栖の人たちが春菜を摘んでいるであろう司馬の野の名のように、しばしばあなたのことを思うこの頃だ。
〔1920〕春草のように茂る私の恋は、大海の岸辺に寄せる波のように、幾重にも積もってしまった。
〔1921〕ぼんやりとあなたに逢っただけで、(菅の根の)長い春の日を、恋い続けることだ。
〔1922〕梅の花が咲いて散ってしまったら、いとしい人が来るか来ないかと、私が待つ松の木なのだ。
〔1923〕(白檀弓)今、春の山に行く雲のように、行って別れてしまうのだろうか。恋しいのに。
意訳
草・松・雲に寄せた恋の歌である。司馬の野の名にかけてしばしば恋人を思い、春草のように茂る恋が大海の波のように積もり重なり、ほのかに逢っただけで長い春の日を恋い暮らす。梅が散れば来るかどうかと恋人を待つ自分を「待つ」の名の松の木にたとえ、春山を行く雲のように別れて行く人を惜しむ。
語釈・文法注
文法・本文
- 國栖
- 「くにす」。吉野の山間に住んだ人々。
- しましま
- しばしば。「司馬(しま)」からの同音反復。
- 方
- 「へ」。岸辺。
- 白檀弓
- 「しらまゆみ」。「春(張る)」にかかる枕詞。
和歌
- 作者
- 作者未詳
- 出典
- 『万葉集』巻第十・相聞・1919〜1923番
- 歌体
- 短歌(五七五七七)
- 時期
- 作者未詳(時代を問わない)
- 状況
- 草・松・雲に寄せた恋の歌。
修辞
- 序詞
- 1919番の上三句が「しましま」を、1923番の「いま春山に行く雲の」が「行き」を導く。
- 掛詞
- 1922番の「松」に「待つ」をかける。
解説
松を「待つ」にかける技法は、万葉集から後世の和歌まで長く用いられた。
関連
出典
- 底本
- 佐佐木信綱編『新訓万葉集』上巻 岩波文庫、昭和2年(1927)、386頁(コマ197)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 原文
- 佐佐木信綱編『白文万葉集』上巻 岩波書店、昭和24年(1949)、438頁(コマ225)。万葉仮名の原文。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日