万葉集 巻第十 1908〜1914番
春されば 水草の上に
春の水草に置く霜のように消え入りながら恋い続ける。春霞のようにぼんやりと妹を見て後で恋しくなる。霞の立った日から今日まで恋がやまない。霞立つ春の日も暮れるまで恋い続ける。立つも座るもあなた次第。春日野の霞のように見たいあなたの姿。明日の春の日をどう暮らそう。霜と霞に寄せた恋の歌七首。
場面イラスト(準備中)
題詞霜に寄す/霞に寄す
- 1春春はるされされさればばば春去者1908 霜
- 2水水み草草くさののの上上うえににに水草之上爾
- 3置置おくくく霜霜しもののの置霜之
- 4消消けつつつつつつももも我我われははは消乍毛我者
- 5戀戀こひひい渡渡わたるるるかもかもかも戀度鴨
- 6春春はる霞霞がすみ春霞1909 霞
- 7山山やまにににたなびきたなびきたなびき山棚引
- 8おぼほしくおぼほしくおぼおしく欝
- 9妹妹いもををを相相あい見見みててて妹乎相見
- 10後後のち戀戀こひひいむむんかもかもかも後戀毳
- 11春春はる霞霞がすみ春霞1910 霞
- 12立立たちちちにににししし日日ひよりよりより立爾之日從
- 13今日今日きょうまでまでまでににに至今日
- 14吾吾わががが戀戀こい止止やまままずずず吾戀不止
- 15本本もとののの繁繁しげけけけばばば本之繁家波
- 16さささ丹丹にづらふづらふずらう左丹頰經1911 霞
- 17妹妹いもをををおもふおもふおもうととと妹乎念登
- 18霞霞かすみ立立たつつつ霞立
- 19春春はる日日ひもももくれくれくれににに春日毛晩爾
- 20戀戀こひひいわたるわたるわたるかもかもかも戀度可母
- 21たまきはるたまきはるたまきわる靈寸春1912 霞
- 22吾吾わががが山山やまののの上上うえににに吾山之於爾
- 23立立たつつつ霞霞かすみ立霞
- 24立立たつつつともともとも坐坐うともともとも雖立雖座
- 25君君きみがががまにまにまにまにまにまに君之隨意
- 26見見み渡渡わたせせせばばば見渡者1913 霞
- 27春日春日かすがののの野野ぬ邊邊べににに春日之野邊爾
- 28立立たつつつ霞霞かすみ立霞
- 29見見みまくまくまくののの欲欲ほしきしきしき見卷之欲
- 30君君きみががが容儀容儀すがたかかか君之容儀香
- 31戀戀こひひいつつつつつつももも戀乍毛1914 霞
- 32今日今日きょうははは暮暮くらしらしらしつつつ今日者暮都
- 33霞霞かすみ立立たつつつ霞立
- 34明日明日あすののの春春はる日日ひををを明日之春日乎
- 35如何如何いかにににくらさくらさくらさむむん如何將晩
現代語訳
〔1908〕春になると水草の上に置く霜が消えるように、消え入りそうになりながらも、私は恋い続けることだ。
〔1909〕春霞が山にたなびくように、ぼんやりといとしい人に逢って、後になって恋しく思うのだろうか。
〔1910〕春霞が立った日から今日まで、私の恋はやまない。根もとが茂っているように、思いがしげく重なるので。
〔1911〕(さ丹づらふ)いとしい人を思うとて、(霞立つ)春の日も暮れるまで恋い続けることだ。
〔1912〕(たまきはる)私の山の上に立つ霞のように、立つにしても座るにしても、あなたの思いのままに。
〔1913〕見渡すと春日の野辺に立つ霞のように、見たくてたまらないあなたの姿であることよ。
〔1914〕恋しく思いながらも今日は暮らした。(霞立つ)明日の長い春の日を、どうやって暮らそうか。
意訳
霜と霞に寄せた恋の歌である。春の霜が消えるように消え入りそうになりながら恋い続け、霞のようにほのかに逢った人を後で恋しく思い、霞の立った日から恋がやまないと嘆く。春の長い日を暮れるまで恋い、立つも座るも相手次第だと身をゆだね、春日野の霞のように見たいのは恋人の姿だと歌い、今日はなんとか過ごしたが、明日の長い春の日をどう暮らそうかと途方に暮れる。
語釈・文法注
文法・本文
- 消つつも
- 「けつつも」。消え入りそうになりながら。
- おぼほしく
- ぼんやりと、はっきりしないで。
- さ丹づらふ
- 赤く照り映える。「妹」にかかる枕詞。
- 坐とも
- 「うとも」。座っていても。
和歌
- 作者
- 作者未詳
- 出典
- 『万葉集』巻第十・相聞・1908〜1914番
- 歌体
- 短歌(五七五七七)
- 時期
- 作者未詳(時代を問わない)
- 状況
- 霜と霞に寄せた恋の歌。
修辞
- 序詞
- 1908番の上三句が「消」を、1912番の上三句が「立つ」を、1913番の上三句が「見まく」を導く。
- 枕詞
- 「さ丹づらふ」が「妹」に、「たまきはる」が「吾」に、「霞立つ」が「春日」にかかる。
解説
春の長い日は、恋する人にとっては暮らしがたい時として詠まれる。
関連
出典
- 底本
- 佐佐木信綱編『新訓万葉集』上巻 岩波文庫、昭和2年(1927)、385頁(コマ196)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 原文
- 佐佐木信綱編『白文万葉集』上巻 岩波書店、昭和24年(1949)、437頁(コマ224)。万葉仮名の原文。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日