万葉集 巻第十 1890〜1896番
春日野に 友鶯の
鶯が鳴き別れるように帰って行く間も私を思っていて。千度も恋い続ける。霧に迷う鶯も私ほど物思いはすまい。岡に咲く花のように実るまでやめない。春の長い日を恋い暮らして夜更けに妹に逢えた。無事なら後に逢おう、恋い焦がれるな。しだれ柳のように妹が心に乗った。春の相聞の巻頭、人麻呂歌集の歌七首。
場面イラスト(準備中)
題詞春相聞
- 1春日春日かすが野野ぬににに春日野1890
- 2友友とも鶯鶯うぐいすののの友鶯
- 3鳴鳴なききき別別わかれれれ鳴別
- 4歸歸かえりりりますますます間間まももも眷益間
- 5思思おもほせほせおせ吾吾われををを思御吾
- 6冬冬ふゆごもりごもりごもり冬隱1891
- 7春春はる咲咲さくくく花花はなををを春開花
- 8手手た折折おりりり持持もちちち手折以
- 9千千ち遍遍たびののの限限かぎり千遍限
- 10こひこひこい渡渡わたるるるかもかもかも戀渡鴨
- 11春春はる山山やまののの春山1892
- 12霧霧きりににに惑惑まとへへえるるる霧惑在
- 13うぐひすうぐひすうぐいすももも鶯
- 14我我われにににまさりまさりまさりててて我益
- 15物物もの思思おもははわめめめややや物念哉
- 16出出いでででててて見見みるるる出見1893
- 17向向むかひひいののの岡岡おかににに向崗
- 18本本もと繁繁しげくくく本繁
- 19咲咲さきききたるたるたる花花はなののの開在花
- 20成成ならららずずずははは止止やまままじじじ不成不止
- 21霞霞かすみ立立たつつつ霞發1894
- 22春春はるののの永永なが日日ひををを春永日
- 23戀戀こひひい暮暮くらしらしらし戀暮
- 24夜夜よののの深深ふけけけ行行ゆきききててて夜深去
- 25妹妹いもににに逢逢あへへえるるるかもかもかも妹相鴨
- 26春春はるされされさればばば春去1895
- 27まづまづまず三三さき枝枝くさののの先三枝
- 28幸幸さきくくくあらあらあらばばば幸命在
- 29後後のちにににももも逢逢あははわむむん後相
- 30莫莫な戀戀こひひいそそそ吾吾わぎ妹妹も莫戀吾妹
- 31春春はるされされさればばば春去1896
- 32しだりしだりしだり柳柳やなぎののの爲垂柳
- 33とををにとををにとををにももも十緒
- 34妹妹いもががが心心こころににに妹心
- 35乘乘のりりりにににけるけるけるかもかもかも乘在鴨
現代語訳
〔1890〕春日野で連れ立った鶯が鳴いて別れて行くように、お帰りになる間も思っていてください、私のことを。
〔1891〕(冬ごもり)春に咲く花を手折って持ちながら、千度も限りなく恋い続けることだ。
〔1892〕春の山の霧に迷っている鶯も、私以上に物思いをすることがあろうか。
〔1893〕出て見る向かいの岡に、根もとまでびっしりと咲いた花が実を結ばないうちは、思いをやめはしない。
〔1894〕霞の立つ春の長い日を恋しく思って暮らし、夜が更けていって、ようやく妻に逢えたことだ。
〔1895〕春になるとまず咲く三枝のように、無事であったなら、後にまた逢おう。そんなに恋い焦がれないでおくれ、いとしい人よ。
〔1896〕春になると枝垂れ柳がたわむように、たわわに妻が私の心に乗りかかってしまったことだ。
意訳
春相聞の巻頭に置かれた人麻呂歌集の恋の歌である。鶯が鳴き別れるように帰る人に、帰り道でも自分を思っていてほしいと願い、春の花を手に千度も恋い、霧に迷う鶯よりも深く物思いをする。岡に咲く花が実るまでは恋をやめないと誓い、長い春の日を恋い暮らして夜更けにようやく妻に逢う喜びを歌う。三枝の花にかけて再会を約束し、枝垂れ柳のように妻のことが心にのしかかると詠む。
語釈・文法注
文法・本文
- 友鶯
- 連れ立っている鶯。
- 思ほせ
- 思ってください。
- 三枝
- 「さきくさ」。春に先がけて咲く草。「幸く」を導く。
- とををに
- たわわに、たわむほどに。
- 心に乘る
- 心にのしかかる、心から離れない。
和歌
- 作者
- 作者未詳
- 出典
- 『万葉集』巻第十・相聞・1890〜1896番
- 歌体
- 短歌(五七五七七)
- 時期
- 第2期(672〜710年(壬申の乱〜平城京遷都))
- 状況
- 春の相聞の歌。柿本人麻呂歌集に出る。
修辞
- 序詞
- 1890番の「春日野に友鶯の」が「鳴き別れ」を、1895番の「春さればまづ三枝の」が「幸く」を、1896番の「春さればしだり柳の」が「とををに」を導く。
解説
人麻呂歌集の歌は助詞を省いた簡潔な表記(略体)で書かれており、白文が漢文のように見える。
関連
出典
- 底本
- 佐佐木信綱編『新訓万葉集』上巻 岩波文庫、昭和2年(1927)、383頁(コマ195)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 原文
- 佐佐木信綱編『白文万葉集』上巻 岩波書店、昭和24年(1949)、435頁(コマ223)。万葉仮名の原文。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日