古典ライブラリー

万葉集 巻第十 1880〜1883番

春日野の 淺茅が上に

作者未詳

春日野の浅茅の上で親しい者どうし遊ぶ今日は忘れられない。霞の立つ春日野を行き来して毎年見よう。春の野で心を晴らそうと集まった今日は日が暮れないでほしい。大宮人は暇があるのか、梅をかざしてここに集まっている。春の野遊びの歌四首。

春日野の浅茅の原で、梅の枝を髪に挿した大宮人たちが集まって遊んでいる

題詞野遊

  1. 1春日かすが春日かすがかすが野ぬ野ぬぬののの春日野之1880
  2. 2淺あさ淺あさあさ茅ぢ茅ぢじががが上うへ上うへうえににに淺茅之上爾
  3. 3思おも思おもおもふふうどちどちどち念共
  4. 4遊あそ遊あそあそべべべるるる今日けふ今日けふきょうははは遊今日
  5. 5忘わす忘わすわすらえらえらえめめめやややももも忘目八方
  6. 6春はる春はるはる霞がすみ霞がすみがすみ春霞1881
  7. 7立た立たたつつつ春日かすが春日かすがかすが野ぬ野ぬぬををを立春日野乎
  8. 8往ゆ往ゆゆききき還かへ還かへかえりりり往還
  9. 9吾われ吾われわれははは相あひ相あひあい見み見みみむむむ吾者相見
  10. 10いやいやいや每年としのは每年としのはとしのはににに彌年之黃土
  11. 11春はる春はるはるののの野ぬ野ぬぬににに春野爾1882
  12. 12心こころ心こころこころのべのべのべむむんととと意將述跡
  13. 13思おも思おもおもふふうどちどちどち念共
  14. 14來きた來きたきたりりりししし今日けふ今日けふきょうははは來之今日者
  15. 15晩く晩くくれれれずずずもももあらあらあらぬぬぬかかか不晩毛荒粳
  16. 16百もも百もももも礒し礒しし城き城ききののの百礒城之1883
  17. 17大おほ大おほおお宮みや宮みやみや人びと人びとびとははは大宮人者
  18. 18暇いとま暇いとまいとまあれあれあれややや暇有也
  19. 19梅うめ梅うめうめををを挿頭かざ挿頭かざかざしししててて梅乎挿頭而
  20. 20ここここここににに集つど集つどつどへへえるるる此間集有

引用の仕方

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現代語訳

〔1880〕春日野の浅茅の上で、親しい者どうしが遊んでいる今日のことは、忘れられようか。

〔1881〕春霞の立つ春日野を行き来して、私はいつも見よう。毎年毎年。

〔1882〕春の野で心をのびやかにしようと、親しい者どうしでやって来た今日は、日が暮れないでいてくれないものか。

〔1883〕(百礒城の)大宮人たちは暇があるからだろうか、梅の花を髪に挿して、ここに集まっている。

意訳

春の野遊びの歌四首である。春日野の浅茅の上で親しい仲間と遊んだ今日を忘れまいと思い、毎年この野を訪れようと誓い、楽しい一日が暮れないでほしいと願う。最後の歌では、梅をかざして集まる大宮人たちののどかな姿を詠む。

語釈・文法注

文法・本文

思ふどち
気の合う仲間どうし。
心のべむ
心をのびやかにしよう。
晩れずもあらぬか
日が暮れないでいてくれないものか。
挿頭して
「かざして」。花や枝を髪に挿して。

和歌

作者
作者未詳
出典
『万葉集』巻第十・雑歌・1880〜1883番
歌体
短歌(五七五七七)
時期
作者未詳(時代を問わない)
状況
春の野遊びの歌。

修辞

枕詞
1883番の「百礒城の」が「大宮人」にかかる。

解説

1883番は『新古今集』に「ももしきの大宮人はいとまあれや桜かざして今日も暮らしつ」と形を変えて採られ、山部赤人の作とされている。

関連

出典

底本
佐佐木信綱編『新訓万葉集』上巻 岩波文庫、昭和2年(1927)、382頁(コマ195)。国立国会図書館デジタルコレクション
原文
佐佐木信綱編『白文万葉集』上巻 岩波書店、昭和24年(1949)、434頁(コマ223)。万葉仮名の原文。国立国会図書館デジタルコレクション
校訂・訳・注
古典ライブラリー編集部
更新日