万葉集 巻第十 1877〜1879番
春の雨に ありけるものを
ただの春雨だったのに、雨宿りして妻の家への道でこの日を暮らしてしまった。今行って聞きたいものだ、春雨で水かさの増した明日香川の激しい瀬の音を。春日野に煙が立つのが見える、娘たちが野のよめなを摘んで煮ているらしい。春の雨・川・煙の歌。
場面イラスト(準備中)
題詞雨を詠める/河を詠める/煙を詠める
- 1春春はるののの雨雨あめににに春之雨爾1877 雨
- 2ありありありけるけるけるものものものををを有來物乎
- 3立立たちちち隱隱かくりりり立隱
- 4妹妹いもががが家家いえ道道じににに妹之家道爾
- 5このこのこの日日ひ暮暮くらしらしらしつつつ此日晩都
- 6今今いま往往ゆきききててて今徃而1878 河
- 7聞聞きくくくものものものにににもがもがもが聞物爾毛我
- 8明日香明日香あすか川川がわ明日香川
- 9春春はる雨雨さめふりふりふりててて春雨零而
- 10激激たぎつつつ瀨瀨せののの音音とををを瀧津湍音乎
- 11春日春日かすが野野ぬににに春日野爾1879 煙
- 12煙煙けぶり立立たつつつ見見みゆゆゆ煙立所見
- 13𡢳嬬𡢳嬬おとめ等等らししし𡢳嬬等四
- 14春春はる野野ぬののの菟芽子菟芽子うわぎ春野之菟芽子
- 15採採つみみみててて煮煮にらしらしらしももも採而煮良思文
現代語訳
〔1877〕ただの春の雨だったのに、雨宿りをして、妻の家への道の途中で、この一日を暮らしてしまった。
〔1878〕今行って聞きたいものだ。明日香川の、春雨が降って水かさの増した激しい瀬の音を。
〔1879〕春日野に煙が立つのが見える。娘たちが春の野のよめなを摘んで煮ているらしい。
意訳
春の雨・川・煙を詠んだ歌である。妻のもとへ向かう途中、たいした雨でもないのに雨宿りをして一日を過ごしてしまったと苦笑する歌、春雨で増水した明日香川の瀬音を聞きに行きたいと思う歌、春日野に立つ煙を見て、娘たちが摘んだ若菜を煮ているのだろうと想像する歌が並ぶ。
語釈・文法注
文法・本文
- 立ち隱り
- 物陰に隠れて雨宿りして。
- 聞くものにもが
- 聞きたいものだ。
- 菟芽子
- 「うはぎ」。よめな。若菜として食べた。
和歌
- 作者
- 作者未詳
- 出典
- 『万葉集』巻第十・雑歌・1877〜1879番
- 歌体
- 短歌(五七五七七)
- 時期
- 作者未詳(時代を問わない)
- 状況
- 春の雨・川・煙を詠んだ歌。
修辞
- 推量
- 1879番は、煙を見て若菜を煮るさまを推し量る。
解説
春日野での若菜摘みは早春の行事で、のちに『古今集』の「春日野の飛ぶ火の野守」などの歌にもつながる。
関連
出典
- 底本
- 佐佐木信綱編『新訓万葉集』上巻 岩波文庫、昭和2年(1927)、382頁(コマ195)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 原文
- 佐佐木信綱編『白文万葉集』上巻 岩波書店、昭和24年(1949)、432頁(コマ222)。万葉仮名の原文。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日