万葉集 巻第十 1854〜1860番
鶯の 木傳ふ梅の
鶯の伝う梅が散ると桜の季節を待ちうける。桜は時が過ぎないのに今散るのだろうか。挿した柳を吹き乱す風に梅が散る。毎年梅は咲くが人には春がない。鳥はついばまないが縄を張って守りたい梅。高い山辺を白く彩る梅。実はならないが山吹の花が思われる。春の花の歌七首。
場面イラスト(準備中)
題詞花を詠める
- 1鶯鶯うぐいすののの鶯之1854
- 2木木こ傳傳づたふふう梅梅うめののの木傳梅乃
- 3うつろへうつろへうつろえばばば移者
- 4櫻櫻さくらののの花花はなののの櫻花之
- 5時時とき片片かた設設まけけけぬぬぬ時片設奴
- 6櫻櫻さくらばなばなばな櫻花1855
- 7時時ときははは過過すぎぎぎねねねどどど時者雖不過
- 8見見みるるる人人ひとののの見人之
- 9戀戀こいののの盛盛さかりととと戀盛常
- 10今今いまししし散散ちるるるらむらむらん今之將落
- 11我我わががが挿挿さしししししし我刺1856
- 12柳柳やなぎののの絲絲いとををを柳絲乎
- 13吹吹ふききき亂亂みだるるる吹亂
- 14風風かぜにににかかか妹妹いもががが風爾加妹之
- 15梅梅うめののの散散ちるるるらむらむらん梅乃散覽
- 16每年每年としのはににに每年1857
- 17梅梅うめははは咲咲さけけけどもどもども梅者開友
- 18現身現身うつせみののの空蟬之
- 19世世よののの人人ひと君君きみししし世人君羊蹄
- 20春春はるなかりなかりなかりけりけりけり春無有來
- 21うつたへうつたへうつたえににに打細爾1858
- 22鳥鳥とりははは喫喫はまままねねねどどど鳥者雖不喫
- 23繩繩しめ延延はへへへててて繩延
- 24守守もらららまくまくまく欲欲ほしきしきしき守卷欲寸
- 25梅梅うめののの花花はなかもかもかも梅花鴨
- 26おしなべておしなべておしなべて馬並而1859
- 27高高たかききき山山やま邊邊べををを高山部乎
- 28白白しろ妙妙たえににに白妙丹
- 29艶艶におははわせせせたるたるたるははは令艶色有者
- 30梅梅うめののの花花はなかもかもかも梅花鴨
- 31花花はな咲咲さきききててて花咲而1860
- 32實實みはははならならならねねねどもどもども實者不成登裳
- 33長長ながききき日日けににに長氣
- 34念念おもほゆるほゆるおゆるかもかもかも所念鴨
- 35山振山振やまぶきののの花花はな山振之花
現代語訳
〔1854〕鶯が枝から枝へ伝う梅の花が散ってしまうと、桜の花の咲く時を待ちうけることだ。
〔1855〕桜の花は、咲く時が過ぎたわけではないのに、見る人の恋しさの盛りだとて、今散るのだろうか。
〔1856〕私が挿した柳の糸を吹き乱す風のせいで、いとしい人の家の梅が散るのだろうか。
〔1857〕毎年梅の花は咲くけれども、(現身の)この世の人であるあなたには、春がないことだ。
〔1858〕ひたすら鳥がついばむというわけではないけれど、縄を張って守りたい梅の花であることよ。
〔1859〕一面に高い山辺を真っ白に照り映えさせているのは、梅の花だろうか。
〔1860〕花が咲いても実はならないけれど、長い間ずっと心ひかれることだ、山吹の花は。
意訳
春の花を詠んだ歌である。梅が散ると桜の季節を待ちうけ、見る人の心がいちばん高まる時に散る桜を惜しむ。風に散る恋人の家の梅、毎年咲く梅と春に恵まれない人との対比、縄を張ってでも守りたい梅、山辺を白く染める梅、実はならないのに心ひかれる山吹の花が詠まれている。
語釈・文法注
文法・本文
- 時片設けぬ
- 時を待ちうける。
- うつたへに
- ひたすら、まったく。下に打消を伴う。
- 繩延へて
- 「しめはへて」。標の縄を張って。
- 艶はせたる
- 「にほはせたる」。美しく照り映えさせている。
- 長き日
- 「ながきけ」。長い間。
和歌
- 作者
- 作者未詳
- 出典
- 『万葉集』巻第十・雑歌・1854〜1860番
- 歌体
- 短歌(五七五七七)
- 時期
- 作者未詳(時代を問わない)
- 状況
- 春の花を詠んだ歌。
修辞
- 枕詞
- 1857番の「現身の」が「世」にかかる。
- 倒置
- 1860番は結句に「山振の花」を置く。
解説
実のならない山吹は、のちに「七重八重花は咲けども山吹の実の一つだになきぞ悲しき」の歌でも知られる。
関連
出典
- 底本
- 佐佐木信綱編『新訓万葉集』上巻 岩波文庫、昭和2年(1927)、380頁(コマ194)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 原文
- 佐佐木信綱編『白文万葉集』上巻 岩波書店、昭和24年(1949)、431頁(コマ221)。万葉仮名の原文。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日