万葉集 巻第十 1839〜1842番
君がため 山田の澤に
あなたのために山田の沢でえぐを摘もうと、雪解けの水で裳の裾が濡れた。梅の枝で鳴いて移る鶯の羽に、沫雪が白く降る。山から降る雪を梅の花が散るのかと思った。雪のことは置いて梅を恋しがるな、山に住んでいるあなたよ。春の雪の歌四首。
場面イラスト(準備中)
題詞(雪を詠める)
- 1君君きみがががためためため爲君1839
- 2山山やま田田だののの澤澤さわににに山田之澤
- 3惠具惠具えぐ採採つむむむととと惠具採跡
- 4雪雪ゆき消消げののの水水みずににに雪消之水爾
- 5裳裳もののの裾裾すそぬれぬれぬれぬぬぬ裳裾所沾
- 6梅梅うめががが枝枝えににに梅枝爾1840
- 7鳴鳴なきききててて移移うつろふろふろう鳴而移徙
- 8鶯鶯うぐいすののの鶯之
- 9羽羽はね白白しろ妙妙たえににに翼白妙爾
- 10沫沫あわ雪雪ゆきぞぞぞ降降ふるるる沫雪曾落
- 11山山やま高高たかみみみ山高三1841 問
- 12降降ふりりり來來くるるる雪雪ゆきををを零來雪乎
- 13梅梅うめののの花花はな梅花
- 14散散ちりりりかもかもかも來來くるるるととと落鴨來跡
- 15念念おもひひいつるつるつるかもかもかも念鶴鴨
- 16雪雪ゆきををを除除おきききててて除雪而1842 答
- 17梅梅うめをををななな戀戀こひひいそそそ梅莫戀
- 18あしひきあしひきあしひきののの足曳之
- 19山山やま片片かた附附づきききててて山片就而
- 20家家いえ居居いせせせるるる君君きみ家居爲流君
現代語訳
〔1839〕あなたのために、山田の沢でえぐを摘もうとして、雪解けの水に裳の裾が濡れてしまった。
〔1840〕梅の枝で鳴いては枝を移っていく鶯の羽を真っ白にして、沫雪が降っている。
〔1841〕山が高いので降ってくる雪を、梅の花が散って来るのかと思ったことだ。
〔1842〕雪をさしおいて梅を恋しがらないでください。(あしひきの)山に寄り添って住んでいるあなたよ。
意訳
春の雪の歌の続きである。恋人のために雪解け水の沢でえぐを摘み、裳の裾を濡らす娘、梅の枝を移る鶯の羽に白く降る沫雪、山から降る雪を梅の花びらかと見まちがえる歌と、それに答えて、山に住んでいるのだから雪をさしおいて梅ばかり恋しがるなと返す問答が並ぶ。
語釈・文法注
文法・本文
- 惠具
- 「ゑぐ」。くろぐわい。水辺に生え、根を食用にする。
- 雪消
- 「ゆきげ」。雪解け。
- 山片附きて
- 山に片寄って、山に接して。
和歌
- 作者
- 作者未詳
- 出典
- 『万葉集』巻第十・雑歌・1839〜1842番
- 歌体
- 短歌(五七五七七)
- 時期
- 作者未詳(時代を問わない)
- 状況
- 春の雪を詠んだ歌。1841・1842番は問答。
修辞
- 見立て
- 1841番は、降る雪を散る梅の花と見る。
- 問答
- 1842番が1841番に答える。
解説
雪と梅を見まちがえる趣向は、漢詩の影響を受けたもので、大伴旅人の梅花の宴の歌(822番)などにも見える。
関連
出典
- 底本
- 佐佐木信綱編『新訓万葉集』上巻 岩波文庫、昭和2年(1927)、379頁(コマ193)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 原文
- 佐佐木信綱編『白文万葉集』上巻 岩波書店、昭和24年(1949)、429頁(コマ220)。万葉仮名の原文。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日