万葉集 巻第十 1832〜1838番
うち靡く 春さり來れば
春が来たのに、空は曇って雪が降り続ける。梅に降りかかる雪を包んで君に見せようとすると消えてしまう。梅は散り過ぎたが白雪は庭に降り重なる。もう雪は降るまい、春になったのに。風まじりの雪の中に霞がたなびく。春の雪を詠んだ歌七首。
場面イラスト(準備中)
題詞雪を詠める
- 1うちうちうち靡靡なびくくく打靡1832
- 2春春はるさりさりさり來來くれれればばば春去來者
- 3しかすがしかすがしかすがににに然爲蟹
- 4天天あま雲雲ぐも霧霧きらひひい天雲霧相
- 5雪雪ゆきははは零零ふりりりつつつつつつ雪者零管
- 6梅梅うめののの花花はな梅花1833
- 7零零ふりりり蔽蔽おおふふう雪雪ゆきををを零覆雪乎
- 8裹裹つつみみみ持持もちちち褁持
- 9君君きみににに見見みせせせむむんととと君爾令見跡
- 10取取とれれればばば消消きえええつつつつつつ取者消管
- 11梅梅うめののの花花はな梅花1834
- 12咲咲さききき散散ちりりり過過すぎぎぎぬぬぬ咲落過奴
- 13しかすがしかすがしかすがににに然爲蟹
- 14白白しら雪雪ゆき庭庭にはににに白雪庭爾
- 15零零ふりりり重重しきりりりつつつつつつ零重管
- 16今今いま更更さらににに今更1835
- 17雪雪ゆき零零ふらららめめめやややももも雪零目八方
- 18かぎろひかぎろひかぎろいののの蜻火之
- 19燃燃もゆるゆるゆる春春はるべべべととと燎留春部常
- 20なりなりなりにににしししものものものををを成西物乎
- 21風風かぜ交交まじりりり風交1836
- 22雪雪ゆきははは零零ふりりりつつつつつつ雪者零乍
- 23しかすがしかすがしかすがににに然爲蟹
- 24霞霞かすみたなびきたなびきたなびき霞田菜引
- 25春春はるさりさりさりにににけりけりけり春去爾來
- 26山山やまののの際際まににに山際爾1837
- 27鶯鶯うぐいす鳴鳴なきききててて鶯喧而
- 28うちうちうち靡靡なびくくく打靡
- 29春春はるととと念念おもへへえどどど春跡雖念
- 30雪雪ゆき降降ふりりり重重しきききぬぬぬ雪落布沼
- 31峯峯おののの上上うえににに峯上爾1838
- 32零零ふりりり置置おけけけるるる雪雪ゆきししし零置雪師
- 33風風かぜののの共共むた風之共
- 34此處此處ここににに散散ちるるるらしらしらし此間散良思
- 35春春はるにににはははあれあれあれどもどもども春者雖有
現代語訳
〔1832〕(うち靡く)春がやって来たので、そうはいっても空は雲が一面に曇って、雪は降り続いている。
〔1833〕梅の花に降りかかる雪を包み持って、あなたに見せようと手に取ると、消えてしまう。
〔1834〕梅の花は咲いて散り過ぎてしまった。それなのに白雪が庭にしきりに降り重なっている。
〔1835〕今さら雪が降るだろうか。(かぎろひの)燃え立つような春になってしまったのに。
〔1836〕風まじりに雪は降り続いている。それでも霞がたなびいて、春になったことだ。
〔1837〕山あいで鶯が鳴いて、(うち靡く)春だと思うのに、雪が降りしきっている。
〔1838〕峰の上に降り積もった雪が、風とともにここに散って来るらしい。春ではあるけれど。
意訳
春になってもなお降る雪を詠んだ歌が並ぶ。春が来たのに雲が曇って雪が降る、梅に積もった雪を見せようとしても手の中で消えてしまう、梅は散ったのに白雪が庭に降り重なる、燃え立つ春なのに雪が降るはずはないと思う心、雪の中にも霞がたなびく春の気配、鶯が鳴いても雪が降りしきる山あい、峰の雪が風に乗って散ってくる筑波山の春が詠まれている。
語釈・文法注
文法・本文
- しかすがに
- そうはいうものの、それでも。
- 霧らひ
- 「きらひ」。一面に曇って。
- 零り重りつつ
- 「ふりしきりつつ」。しきりに降り重なって。
- 風の共
- 「かぜのむた」。風とともに。
和歌
- 作者
- 作者未詳
- 出典
- 『万葉集』巻第十・雑歌・1832〜1838番
- 歌体
- 短歌(五七五七七)
- 時期
- 作者未詳(時代を問わない)
- 状況
- 春の雪を詠んだ歌。
修辞
- 枕詞
- 「うち靡く」が「春」に、「かぎろひの」が「燃ゆる」にかかる。
解説
春の雪と梅・鶯・霞との取り合わせは、季節の移り変わりを表す万葉集の春の歌の典型である。
関連
出典
- 底本
- 佐佐木信綱編『新訓万葉集』上巻 岩波文庫、昭和2年(1927)、378頁(コマ193)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 原文
- 佐佐木信綱編『白文万葉集』上巻 岩波書店、昭和24年(1949)、429頁(コマ220)。万葉仮名の原文。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日