万葉集 巻第十 1819〜1825番
うち靡く 春立ちぬらし
春が来たらしい、門の柳の梢で鶯が鳴いた。梅の咲く岡辺に住めば鶯の声には事欠かない。春霞の中、青柳の枝をくわえて鶯が鳴く。巨勢の山の呼子鳥、朝ゐでに鳴く貌鳥、山にも野にも鳴く鶯、横野の春野の鶯。春の鳥を詠んだ歌七首。
場面イラスト(準備中)
題詞鳥を詠める
- 1うちうちうち靡靡なびくくく打霏1819
- 2春春はる立立たちちちぬぬぬらしらしらし春立奴良志
- 3吾吾わががが門門かどののの吾門之
- 4柳柳やなぎののの末末うれににに柳乃宇禮爾
- 5鶯鶯うぐいす鳴鳴なきききつつつ鶯鳴都
- 6梅梅うめののの花花はな梅花1820
- 7咲咲さけけけるるる岡岡おか邊邊べににに開有崗邊爾
- 8家家いえ居居おれれればばば家居者
- 9乏乏ともしくしくしくもももあらあらあらずずず乏毛不有
- 10鶯鶯うぐいすののの聲聲こえ鶯之音
- 11春春はる霞霞がすみ春霞1821
- 12流流ながるるるるるるなべなべなべににに流共爾
- 13青青あお柳柳やぎののの青柳之
- 14枝枝えだ啄啄くひひい持持もちちちててて枝啄持而
- 15鶯鶯うぐいす鳴鳴なくくくももも鶯鳴毛
- 16吾吾わが背背せ子子こををを吾瀨子乎1822
- 17ななな巨勢巨勢こせののの山山やまののの莫越山能
- 18喚子鳥喚子鳥よぶこどり喚子鳥
- 19君君きみ喚喚よびびびかへせかへせかえせ君喚變瀨
- 20夜夜よののの深深ふけけけぬぬぬとととににに夜之不深刀爾
- 21朝朝あさゐでゐでいでににに朝井代爾1823
- 22來來き鳴鳴なくくく貌鳥貌鳥かおどり來鳴杲鳥
- 23汝汝なれだにだにだにももも汝谷文
- 24君君きみににに戀戀こふれふれうれややや君丹戀八
- 25時時とき終終をへへへずずず鳴鳴なくくく時不終鳴
- 26冬冬ふゆごもりごもりごもり冬隱1824
- 27春春はるさりさりさり來來くらしらしらし春去來之
- 28あしひきあしひきあしひきののの足比木乃
- 29山山やまにににももも野野ぬにににももも山二文野二文
- 30うぐひすうぐひすうぐいす鳴鳴なくくくももも鶯鳴裳
- 31紫草紫草むらさきののの紫之1825
- 32根根ね延延ばふふう横野横野よこぬののの根延橫野之
- 33春春はる野野ぬにににははは春野庭
- 34君君きみををを懸懸かけけけつつつつつつ君乎懸管
- 35鶯鶯うぐいす鳴鳴なくくくももも鶯名雲
現代語訳
〔1819〕(うち靡く)春になったらしい。わが家の門の柳の梢で、鶯が鳴いた。
〔1820〕梅の花の咲いている岡のほとりに住んでいるので、物足りないことはない、鶯の声には。
〔1821〕春霞が流れるようにたなびくにつれて、青柳の枝をくわえて、鶯が鳴いていることよ。
〔1822〕わが夫を、巨勢の山の呼子鳥よ、行かせないでおくれ。あの人を呼び返しておくれ、夜が更けないうちに。
〔1823〕朝の堰に来て鳴く貌鳥よ、おまえさえも誰かに恋しているのか、絶え間なく鳴いている。
〔1824〕(冬ごもり)春が来たらしい。(あしひきの)山にも野にも、鶯が鳴いている。
〔1825〕紫草の根を張る横野の春の野では、あなたのことを心にかけながら、鶯が鳴いている。
意訳
春の鳥を詠んだ歌が並ぶ。門の柳で鳴く鶯に春の訪れを知り、梅の咲く岡に住んで鶯の声を楽しむ。春霞の中で青柳の枝をくわえて鳴く鶯、去って行く夫を呼び返してほしいと呼子鳥に頼む女の歌、恋をしているかのように鳴き続ける貌鳥、山にも野にも満ちる鶯の声、横野の春野で人を慕うように鳴く鶯の声が詠まれている。
語釈・文法注
文法・本文
- 乏しくもあらず
- 物足りなくはない。
- な巨勢
- 「な越せ」(越えさせるな)を「巨勢」にかける。
- ゐで
- 「井堤」。水をせき止める堰。
- 貌鳥
- 「かほどり」。かっこうの類か。
- 時終へず
- 絶え間なく。
和歌
- 作者
- 作者未詳
- 出典
- 『万葉集』巻第十・雑歌・1819〜1825番
- 歌体
- 短歌(五七五七七)
- 時期
- 作者未詳(時代を問わない)
- 状況
- 春の鳥を詠んだ歌。
修辞
- 掛詞
- 1822番の「な巨勢」に「な越せ」をかける。
- 枕詞
- 「うち靡く」「冬ごもり」が「春」に、「あしひきの」が「山」にかかる。
解説
呼子鳥は人を呼ぶように鳴く鳥で、かっこうとする説がある。
関連
出典
- 底本
- 佐佐木信綱編『新訓万葉集』上巻 岩波文庫、昭和2年(1927)、377頁(コマ192)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 原文
- 佐佐木信綱編『白文万葉集』上巻 岩波書店、昭和24年(1949)、427頁(コマ219)。万葉仮名の原文。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日