万葉集 巻第九 1780〜1781番
牡牛の 三宅の埼に
鹿島の崎に赤く塗った船を用意し、夕潮の満ちるのを待って船子を率いて船出したら、浜いっぱいに見送る者たちは、身もだえし足ずりして泣くだろう、海上の津を指してあなたが漕いで行ってしまったら。波の静まる時に渡ればよいのに。鹿島で大伴卿を送る歌。
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題詞鹿島郡苅野橋にて大伴卿に別るる歌一首并に短歌
- 1牡牛牡牛こというしののの三宅三宅みやけののの埼埼さきににに牡牛乃 三宅之酒爾1780 長歌
- 2指指さし向向むかふふう鹿島鹿島かしまののの埼埼さきににに指向 鹿島之崎爾
- 3さささ丹丹に塗塗ぬりののの小小お船船ぶねををを設設まけけけ狹丹塗之 小船儲
- 4玉玉たま纏纏まきののの小小お梶梶かじ繁繁しじ貫貫ぬききき玉纏之 小梶繁貫
- 5夕夕ゆう汐汐しおののの滿滿みちのののとどみとどみとどみににに夕鹽之 滿乃登等美爾
- 6御御み船船ふな子子こををを率率あどもひひい立立たてててててて三船子呼 阿騰母比立而
- 7喚喚よびびび立立たてててててて御御み船船ふね出出いでででなばなばなば喚立而 三船出者
- 8濱濱はまももも狹狹せににに後後おくれれれ竝竝なみみみ居居いててて濱毛勢爾 後奈居而
- 9反側反側こいまろびびび戀戀こひひいかもかもかも居居おらららむむん反側 戀香裳將居
- 10足足あし摩摩ずりししし哭哭ねのみのみのみややや泣泣なかかかむむん足垂之 泣耳八將哭
- 11海上海上うなかみのののそのそのその津津つををを指指さしししててて君君きみががが榜榜こぎぎぎ行行ゆかかかばばば海上之 其津乎指而 君之己藝歸者
- 12海海うみつつつ路路じののの海津路乃1781 反歌
- 13和和なぎぎぎなむなむなん時時ときももも名木名六時毛
- 14渡渡わたらららなむなむなん渡七六
- 15斯斯かくくく立立たつつつ浪浪なみににに加九多都波二
- 16船船ふな出出ですすすべしべしべしややや船出可爲八
現代語訳
〔1780〕(牡牛の)三宅の崎に向かい合う鹿島の崎に、赤く塗った小船を用意し、玉で飾った梶をたくさん取りつけて、夕潮の満ちるのを待って、船子たちを率いて呼び立てて、御船が出て行ったならば、浜も狭いほどに後に残されて並んでいる者たちは、身もだえして恋しがることだろうか、足ずりして声をあげて泣くことだろうか。海上のあの津を目指して、あなたが漕いで行ってしまったならば。
〔1781〕海路の波が静まった時にでも渡ってほしい。こんなに立つ波の中に船出してよいものか。
意訳
常陸国鹿島郡の苅野橋で、都へ帰る大伴卿を送る歌である。赤い船に玉飾りの梶を備え、夕潮の満ちるのを待って船出すれば、浜を埋める見送りの人々は身もだえし足ずりして泣くだろうと、別れの悲しみを大げさなほどに歌う。反歌では、波の荒い今ではなく、静まってから渡ってほしいと引き留める。
語釈・文法注
文法・本文
- 牡牛の
- 「ことひうしの」。荷を負う大きな牛。「三宅(屯倉)」にかかる。
- とどみ
- 満ちきって止まること。
- 反側び
- 「こいまろび」。ころげまわって。
- 足摩し
- 「あしずりし」。地団駄を踏んで。
- 海上
- 「うなかみ」。下総国海上郡。
和歌
- 作者
- 作者未詳
- 出典
- 『万葉集』巻第九・雑歌・1780〜1781番
- 歌体
- 長歌(五七をくり返し、五七七で結ぶ)
- 時期
- 第3期(710〜733年(平城京遷都〜山上憶良の没年ごろ))
- 状況
- 常陸国鹿島郡の苅野橋で大伴卿と別れる時の歌。高橋虫麻呂歌集に出る。
修辞
- 枕詞
- 「牡牛の」が「三宅」にかかる。
- 対句
- 「反側び 戀ひかも居らむ 足摩し 哭のみや泣かむ」。
解説
1753番で筑波山に登った検税使大伴卿と同じ人とみられる。虫麻呂は常陸国の官人として、大伴卿の案内と送別をつとめた。
関連
出典
- 底本
- 佐佐木信綱編『新訓万葉集』上巻 岩波文庫、昭和2年(1927)、362頁(コマ185)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 原文
- 佐佐木信綱編『白文万葉集』上巻 岩波書店、昭和24年(1949)、411頁(コマ211)。万葉仮名の原文。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日